第3話 狂いのない目
入選の通知が学校に届いたのは、提出から二週間後だった。
桃子はそのことを、昼休みに呼び出されて知った。
職員室のドアを開けると、田中先生が机の前に立っていた。手に一枚の紙を持っている。
「吉田さん」
「はい」
「県のコンクール。入選した」
それだけだった。
桃子はすぐに意味が飲み込めなかった。
「……私が、ですか」
「他に吉田さんはいない」
先生は紙を机に置いた。窓の外を見て、少し間を置いてから言った。
「私の目に、狂いはなかった」
自分に言い聞かせるような声だった。
桃子に向けた言葉なのか、分からなかった。でも確かに届いた。
廊下に出て、桃子は壁に背中を預けた。
入選。
その言葉の重さが、じわじわと体に染みてくる。
誰かに認められたことが、これまでの人生で一度でもあっただろうか。
親に。先生に。同級生に。
なかった。
一度も、なかった。
目が熱くなった。桃子は天井を見上げた。泣いたら負けな気がした。理由は分からないけど、そう思った。
その日の放課後。
田中先生が美術室に来た。
桃子は一人で絵を描いていた。
先生は何も言わずに隣の椅子を引いて、桃子のスケッチブックを覗いた。
「次は何を描くつもり」
「決めてないです」
「そう」
また沈黙。
でも今日の沈黙は、違う種類だった。
冷たくない。ただ静かだった。
「吉田さん」
「はい」
「あなた、美大に行きたいと思ったことある?」
桃子は手を止めた。
美大。考えたこともなかった。自分みたいな人間が行ける場所だと、思っていなかった。
「……分からないです」
「そう」
先生は立ち上がった。
「考えといて」
それだけ言って、出ていった。
桃子はしばらく、動けなかった。
スケッチブックの白いページを見つめながら、初めて思った。
——私の絵で、どこかへ行けるのだろうか。




