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題2話 コンクールの朝


田中先生の授業は、いつも静かだった。

余計なことを言わない。褒めない。叱らない。ただ課題を出して、時間になったら終わる。それだけだった。

桃子はそれで良かった。期待されないのは、慣れていた。

四月が終わり、五月になった。

ある朝、田中先生が教室に一枚のプリントを配った。

「県の高校生美術コンクール。テーマは『家族』。出したい人は来週までに持ってきなさい」

それだけ言って、先生は黒板に向かった。

クラスがざわついた。

「家族かあ」「めんどくさ」「どうせ進学校が獲るんでしょ」

誰も本気にしていなかった。

桃子も、プリントを机の端に置いた。

その夜。

冷蔵庫からラップの皿を出して、一人で食べた。テレビもつけなかった。

家族。

桃子は箸を置いて、スケッチブックを開いた。

描き始めたのは、食卓だった。

ラップのかかった皿。一つだけの箸。誰もいない椅子が三つ。窓の外の街灯だけが、その食卓を照らしている。

人は、一人も描かなかった。

いないから。

朝まで描いた。

提出の朝、桃子は丸めたキャンバスを脇に抱えて職員室のドアを叩いた。

田中先生は書類を見ながら「そこ置いといて」と言った。

桃子は何も言わずに置いて、出ていこうとした。

「ちょっと待って」

先生の声が、背中にかかった。

振り返ると、田中先生がキャンバスを広げていた。

しばらく、沈黙が続いた。

長い沈黙だった。

先生の目が、絵の中をゆっくり動いている。ラップの皿を見て、空の椅子を見て、街灯を見た。

「……吉田さん」

「はい」

「これ、あなたが描いたの」

「そうです」

また沈黙。

先生は桃子の顔を見た。初めてちゃんと見られた気がした。

「出します」

それだけだった。

桃子は職員室を出た。

廊下を歩きながら、なぜか泣きそうになった。

理由が分からなかった。

ただ、誰かに見てもらえた気がした。

絵じゃなくて——自分を。


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