バカと言われた手が、世界を描いた。
勉強は全部ダメ。授業中は絵ばかり。誰にも期待されないまま、底辺校へ進んだ吉田桃子。しかしそこで出会った美術教師が、誰も見ていなかった才能を見つけた。県コンクール、全国入賞、美大推薦、そして国際コンクール入賞。馬鹿にされ続けた少女が、絵だけを武器に世界へ羽ばたく青春成長物語。
第1話:透明な子供
吉田桃子は、透明だった。
小学校の教室で、先生が黒板に向かって喋っている。算数。国語。理科。どれも桃子の頭には入ってこない。窓の外で雲が動いている。あの形、描けるかな。
ノートを開く。計算式の隣に、いつの間にか雲が生まれていた。
「吉田。また絵を描いてる」
先生の声が刺さる。クラスが笑う。桃子は消しゴムで雲を消した。
家に帰っても、誰もいない。父も母も働いている。夕飯はラップのかかった皿が冷蔵庫にある。それだけだった。
「今日どうだった」と聞かれたことが、桃子には一度もなかった。
中学になっても、何も変わらなかった。
通知表は5科目、軒並み2と1が並ぶ。担任に呼ばれるたびに同じことを言われた。「このままでは将来が心配です」。心配しているのは先生の顔だけで、その目は桃子を見ていなかった。
ただ一つだけ。
スケッチブックの中だけは、桃子の世界だった。
誰にも見せたことがない。見せる気もなかった。ただ描いた。犬、電柱、給食のトレー、眠そうな同級生の横顔。描いているときだけ、息ができた。
高校受験、全滅。
一校だけ受かったのが、市内で一番偏差値の低い私立、聖和学院高校だった。
入学式の朝、母が一言だけ言った。
「恥ずかしいわね」
桃子は何も言わなかった。
校門をくぐりながら、ただ思った。
——何で生まれてきたんだろう。
聖和学院には、美術科があった。
普通科に入れなかった生徒の受け皿。桃子もそのひとりだった。
最初の授業。担当教師が教室に入ってきた。三十代くらいの女性。疲れたような目をしていた。
「私は田中です。よろしく」
それだけ言って、出席を取り始めた。
窓の外で、桜が散っていた。
桃子はノートの端に、それを描いた。
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絵だけを武器に世界へ羽ばたく青春成長物語。




