第92話 売国の証拠
湊が大広間の中央へ持ち出したのは、派手な魔道具でも決定的な一枚絵でもなかった。
帳簿。
留め具。
偽造印板。
転移炉の流路図。
通行証控え。
一見すれば地味だ。
だが、だからこそ逃げにくい。
「まず、この軍需発注記録」
湊は最初の板を掲げた。
「帳簿上は槍頭二百本分の鉄材が動いてる。でも実際に倉庫へ入った量は百本分しかない」
ざわつく会場へ、次の板を重ねる。
「差額の運搬費はここ。帝国側商会の中継口座へ流れてる。さらに、この偽造通行証の工式印は第二王子派近臣の印板と削り癖が一致する」
「こじつけだ」
ガルドが初めて強く口を挟む。
「じゃあ次」
湊は流れを切らない。
中枢転移炉の図を開く。
外縁部へねじ込まれた汚染流路。
非常時に王都の物流だけを詰まらせる細工。
「この細工は、王都内部の権限と工式知識がなきゃできない。しかも、発動の前提は同時多発騒乱。つまり青鷹の工作と連動してる」
工務と兵站の実務官たちが、初めて顔を上げた。
彼らには、この細工の意味が誰より分かる。
非常時に王都の流れだけを詰まらせる――それは、戦の最中に味方の補給を内側から断つのと同じだ。
現場で物を動かしてきた人間ほど、その悪意の冷たさに青ざめた。
今度は実物。
回収した異物片を台へ置く。
「材質は帝国側軍需規格。王都で普通に流通していない。しかもこの留め金、青鷹倉庫から出た輸送箱のものと同じ」
点と点が、線になる。
そしてその線は、全部ガルドの背後へ集まっていく。
大広間の空気が、そこで初めて決定的に変わった。
派閥の言い争いとして聞いていた貴族たちが、目の前の板へ視線を落とし始める。
一つだけなら偶然で逃げられる。
二つなら言い訳が立つ。
だが帳簿、印板、流路図、通行証、異物片が同じ方向を指すと、もう政治の騒ぎでは済まない。
最後に湊は、兵站局から押収した改ざん帳簿と、青鷹側の裏帳簿を並べてみせた。
数字を一つずつ照合すると、表で減った分が裏で増えているのが誰の目にも分かる。
「軍需と王国機密を外へ売って、その金で青鷹を回した」
湊はガルドを見据えた。
「国を弱らせるほど、あなたには都合がよかったはずです」
会場の空気が変わる。
もはや“噂”ではない。
技術と事実の積み重ねで、言い逃れの余地が削られていく。
さっきまでガルド派に賭けていた貴族の何人かが、そっと視線を逸らした。
勝てる側を読み違えた、と悟った顔だ。
傍聴の職人や商人の間からは、押し殺した声が漏れる。
辺境で曲がった槍を握らされた理由も、王都で家族の蓄えが削られた理由も、いま全部、一つの背中へつながった。
怒りは、まだ声にならない。
だが会場の重心は、もうガルドから完全に離れていた。
リゼリアは何も足さなかった。
この場では、それが正しい。
余計な感情を入れず、事実だけで兄を追い詰める。
だが、湊だけは気づいていた。
その横顔が、わずかに強張っていることに。
感情を入れないのではない。
入れれば、声が保たないのだ。
だから王女は、兄を指す言葉を一つも自分の口からは出さず、ただ証拠に語らせている。
裁いているのは事実で、わたくしではない――そう形を整えて、かろうじてまっすぐ立っていた。
血を分けた相手を崖から突き落とす痛みを、彼女は表情の裏で、たった一人で飲み込んでいる。
国王の老いた手が、椅子の肘掛けをわずかに握るのが見えた。
それだけで、どれだけの衝撃か分かった。
売国の証拠は、もう十分すぎるほど揃っていた。
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