第86話 カナン専用装備
全軍配備を終えたあとも、工房の火だけは落ちなかった。
最後に残っていたのは、カナンのための装備だ。
大剣一本。
脚部補助具一対。
肩と手首の負荷を逃がす補助革帯。
どれも、新素材でも秘伝の魔法でもない。
辺境で量産した部材を、彼女の体格と癖へ合わせて削り直しただけだ。
派手な強化ではなく、無駄な力みを一つずつ抜いていく作業。
強くするというより、本来の強さが一切こぼれないようにする。
それが、湊の考える“専用”の意味だった。
「贔屓だな」
本人は壁にもたれて笑う。
「一番危ない場所に投げる予定だから、それ相応」
この装備には、来歴がある。
脚部補助具は、反撃準備のころに辺境で組んだ試作が始まりだ。
あのときは半拍遅れていた切り返しを、無理やり間に合わせるための応急品だった。
それを実戦で何度も使い、壊し、直すうちに、形が彼女の癖へ寄っていった。
今夜のは、その三代目か四代目になる。
カナンの戦い方は、豪快に見えて繊細だ。
踏み込みの角度。
剣を振り切るときの腰の回転。
着地の癖。
全部を見た上で、湊は装備を組んだ。
「大剣は少し軽くした。その代わり芯は前寄り。お前の二撃目が一番強いから」
「分かってるじゃないか」
「脚部は着地衝撃を逃がす。突っ込みすぎても膝が死ににくい」
カナンは補助具を手に取り、いつもの軽口なしにしばらく見ていた。
それから静かに足へ通す。
「試すぞ」
工房裏の訓練場で、彼女は一度だけ深く息を吸った。
次の瞬間、踏み込みが明らかに変わる。
速い。
しかも戻りが以前より滑らかだ。
大剣の一閃が木柱を断ち、そのまま二本目、三本目まで迷いなく繋がる。
最後の止まりで、ほとんど身体がぶれない。
反撃準備のときに組み直した脚部補助具が、ここでも効いている。
あのとき半拍遅れていた戻りが、今は一拍ぶん前へ出ている。
「……これ、反則だろ」
カナンが振り向いた。
「使う側が強いからだろ」
「違う。私の癖に合わせすぎだ」
言われて、湊は少しだけ肩をすくめた。
実際その通りだ。
見てきた時間が長いから、もう彼女の戦い方はかなり頭に入っている。
どこで無理をして、どこで力を抜くか。
どんな相手だと笑って、どんな相手だと黙るか。
装備の癖合わせは、戦い方を覚えることと、たぶん根が同じだ。
そしてそれは、相手をよく見ていなければできない。
カナンは大剣を地面へ立て、湊の前まで歩いてきた。
「命を預ける」
それは軽口ではなかった。
冒険者として、戦士としての本気の言葉だ。
「だから、生きてろ」
続く声は少しだけ柔らかい。
「私にこんなもん渡しといて、途中で倒れるな」
近い。
妙に近い。
焚き火の夜より距離がない。
あの夜、すぐに答えなくていいと言われた。
その猶予に、湊はまだ甘えている。
決戦を前にして、答えを引き延ばす口実だけは次々に湧いてくる。
ずるいのは自分の方だと、こういうときにだけ思い知る。
湊は一瞬だけ言葉に迷い、それから頷いた。
本当は、もっと別の返事も頭に浮かんだ。
けれどここで口にしたら、戦場の前に違う約束になる気がした。
だから今は、短く返すしかない。
「そっちも」
「当然だ」
カナン専用装備は、ただの強化品じゃない。
戦場で積み重ねた信頼を、目に見える形へしたものだ。
そして湊は、こういう装備を作れる相手がいること自体が、少しだけ嬉しいと思ってしまった。
カナンが大剣を担いで先に工房を出ていく。
その背を見送ってから、湊も道具を片づけ始めた。
窓の外、東の空の縁がほんのわずかに灰色がかっている。
夜明けだ。
準備できることは、もう全部やった。
あとは、王都という巨大な工房に、最初の火が入るのを待つだけだった。
毎日21時更新予定。お気に入り登録ぜひよろしくお願いします。




