第83話 火が上がるまで、あと二日
決裂の翌日、捕まえた工作員の一人がようやく口を割った。
「継承会議の最終日と同時に……王都西門、兵站局、北塔……」
途切れ途切れの供述でも十分だった。
青鷹は王都の一部兵を買収し、同時多発で騒ぎを起こすつもりだ。
それもただの混乱ではなく、継承会議を潰し、ガルド側へ強制的に治安権限を集中させるための半クーデター。
筋書きは単純で、だからこそ効く。
街が混乱すれば、誰かが「秩序の回復」を名目に権限を握る。
火を放つ側と、消す権限を持つ側が同じなら、勝負は最初から決まっている。
ガルドの「後悔するぞ」は、つまりこれだった。
言葉で負けても、街さえ燃やせば卓ごとひっくり返せる――そう踏んでいる。
「ようやく来たな、本番」
カナンが笑う。
「喜ぶところじゃない」
「でもお前、顔が完全に工房入った時の顔だぞ」
否定できなかった。
むしろ、妙に落ち着いていた。
敵がどこを叩くか分かっている戦いほど、職人にとって楽なものはない。
壊し方が読めれば、守り方は図面に起こせる。
湊の頭の中には、もう王都全体の骨組みが浮かんでいる。
防壁、塔、穀倉、路地、橋、広場。
街全体が一つの巨大な装置みたいに見えていた。
そして都合のいいことに、その装置の半分は、すでに湊自身が手を入れた場所だった。
死角を潰した防壁。
時刻を揃えた通信塔網。
分散備蓄に切り替えた穀倉。
敵が「詰まらせれば効く」と狙う急所は、ことごとく、ここ数週間で湊が組み直した部分と重なっている。
向こうは古い王都の地図で計画を立てている。
湊の手元にあるのは、更新された後の地図だ。
その一枚のずれが、たぶん勝敗を分ける。
「西門を詰まらせたいなら、逆にそこを流す」
地図へ線を書き込む。
「兵站局が狙われるなら、在庫を分散。北塔は通信中枢だから、囮を置く。避難は三方向。民間人の流れと兵の流れは分ける」
リゼリアもすぐ理解した。
「街全体を一つの工房として扱うのですね」
「壊される前提で、壊れにくい形に組む」
「人は」
リゼリアが静かに問う。
「巻き込まれる人は、どうしますか」
「逃がします。最優先で」
湊は即答した。
「勝っても住民が焼けたら、ガルドの言う“国の形だけ残す”と同じになる。それじゃ意味がない」
リゼリアは少しの間、湊を見つめた。
それから、ほんの小さく頷く。
その一つの問いと答えで、二人が同じ国を見ていることが確かめられた。
その夜から、王都は目に見えない形で変わり始めた。
門前の荷車配置がわずかにずれる。
穀倉の在庫が小分けされる。
塔の交代要員が増やされる。
防壁下の空き家へ避難具が運び込まれる。
外から見れば些細な変化だ。
だが、そういう些細な差こそが街の生死を分ける。
辺境で覚えたやり方が、そのまま王都の規模で動いていた。
あの町では、水路一本、穀倉一棟だった。
ここでは、それが街区ごとに何十も並ぶ。
規模は違っても、考え方は同じだ。
流れを読み、詰まる場所を先に開け、壊れても回る形に組み替える。
職人の仕事に、戦も平時もない。
深夜、工房に残っていた湊の前へベルノルトが再び現れた。
「お忙しそうですな」
宰相補佐は穏やかな笑みを崩さない。
「そっちは?」
「王都の老人は、若者の無茶を止めるのが仕事ですよ」
そう言いながら、彼の視線は地図の西棟補助室周辺を一瞬だけなぞった。
言葉は柔らかい。
けれど、この男はどこか底が見えない。
無茶を止めるのが仕事だと言いながら、止めようとはしない。
ただ、湊がどこをどう守るつもりかを、世間話のついでのように確かめていく。
湊は一瞬だけそう思ったが、今は疑いを広げすぎる余裕がなかった。
決戦を凌がなければ、疑う相手も残らない。
夜明け前、最後の配置確認を終えたころには、湊の頭は妙に澄んでいた。
クーデターまで、あと二日。
普通なら眠れないはずなのに、不思議と怖さは薄い。
準備を積み上げた実感があるからだ。
「二日後、王都が工房になる」
誰にともなく湊は呟く。
壊すためではない。
壊されないために、街全体を組み替えるのだ。
東の空が、わずかに白み始めていた。
この光があと二度昇れば、王都のどこかで最初の火が上がる。
猶予は二日。
組み替えるには短く、怯えるには長い。
湊は工具袋の留め具を締め直し、立ち上がった。
怖さの薄さが、逆に少しだけ怖い。
それでも――その二日を使い切れば、誰よりこの街の構造を知っている人間が、こちら側にいることになる。
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