第8話 王宮結界の欠陥
金属が引き裂かれるような音に続いて、封印室の手前の通路から怒号が上がった。
「姫様!」
カナンが前へ出る。
だが、湊の目には別のものが見えていた。
揺れる壁の内側、複雑に走る工式の線。その一部がひどく歪み、無理やり別の流れへ繋ぎ替えられている。おそらく外部から結界をこじ開けるための細工だ。しかも、直すべき場所は一か所じゃない。
「そこの壁、三枚目の石の裏! 銀色の杭みたいなの刺さってるはず!」
勢いのまま叫ぶと、カナンが一瞬だけ目を剥いた。
「見えるのか?」
「説明あと! 今抜いたら逆流する! その手前、左下の継ぎ目、先に押さえて!」
もはや自分でも何を言っているのか半分分からない。
ただ、“そこが壊れている”ことだけは確信できた。
カナンは怪訝そうな顔のままも、即座に動いた。
大剣の柄で石壁の一部を叩き割る。露出した内壁には、金属と石が組み合わさった見たことのない装置が埋まっていた。
「……これか」
「違う、その隣! 細い方!」
リゼリアが息を呑む。
湊は工具箱を開け、無意識に銀色の杭を掴んでいた。祖父の箱に入っていた見覚えのない道具だ。今なら、それが“このための形”をしているのだと分かる。
「カナンさん、それ抜いたら俺に投げて!」
「さん?」
「……さん、か」
「いいから早く!」
カナンは呆れたような顔をしながらも、指示通り細い金属片を引き抜いた。
次の瞬間、壁の光が赤く変わる。
「うわ、来る!」
湊は受け取った細片を見て、反射的にヤスリで一端を削った。幅がわずかに違う。細工を入れた奴は、規格に対してほんの少しだけ寸法をずらし、結界の位相を狂わせていたのだ。
「クソ、嫌な壊し方しやがる」
削った細片の代わりに、祖父の工具箱から銀杭を差し込む。
迷いはなかった。
その角度で、その深さで、その向きでなければ駄目だと“分かる”。
打ち込んだ瞬間、赤く濁っていた光が一気に青へ戻った。
封印室の奥まで震わせていた圧が、すっと消える。
同時に、通路の向こうで何かが弾き返される音がした。
悲鳴が一つ、二つ。
カナンが飛び出し、すぐに短い戦闘音が続く。
数秒後、血振りをした彼女が戻ってきた。
「侵入者は二人。もう動かない」
湊はその場にへたり込みそうになるのを堪えた。
手の震えが遅れてくる。
「……直った?」
「直っています」
リゼリアは信じられないものを見る顔をしていた。
彼女だけではない。戻ってきたカナンまで、さっきより一段深い視線で湊を見ている。
「お前、何をした」
「俺にも半分くらいしか分かってないけど、たぶん欠陥の向きが見えた」
「欠陥の、向き?」
「はい。壊れてるだけじゃなくて、どう壊されてるかが分かる感じ」
自分で言っていても無茶苦茶だ。
なのに、壁の内部図はまだ頭の中に焼き付いている。
リゼリアは両手を胸の前で組み、ふっと息を吐いた。
「……記録どおり」
「記録?」
訊き返したそのとき、封印室の扉が乱暴に開いた。
飛び込んできた侍女が、真っ青な顔で叫ぶ。
「姫様、大変です……! 中枢水利盤が、また……! 上層の貯水路が干上がって、厨房も浴場も――!」
カナンが眉をひそめる。
リゼリアは一瞬だけ目を閉じ、すぐ湊を見た。
「休む間もなくて申し訳ありません」
その眼差しは、もう半信半疑ではなかった。
「けれど、もし本当に工式が視えるのなら……次は、王都の命綱を見ていただけますか」
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