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マッチングアプリでマッチした相手は異世界の第三王女でした。〜召喚された最強クラフトマンは、崖っぷち小国を立て直して無双する〜  作者: 富益 啓


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第76話 カナンと夜営

青鷹の流通経路を追うため、湊とカナンは王都南西の旧街道へ出ていた。


同行は最小限。

夜までに戻る予定だったが、途中で怪しい中継小屋を見つけたせいで、帰路が遅れた。

結局、林の端で簡易幕を張ることになる。


幕といっても、辺境で量産した携帯式の骨組みに防水布を掛けただけの代物だ。

それでも組み立ては二人で十数えるほどで終わる。


「こういうのだけは便利だな」


「こういうのだけ、は余計だ」


火を起こし、保存食包みを開け、湯を沸かす。

辺境の行軍で何十回と繰り返した手順は、もう言葉が要らなかった。


「王都の外でお前と夜営すると、だいたい面倒が増える」

焚き火の前でカナンが言う。


「同意はする」


思えば、二人の野営も初めのころは互いに口数が少なくて、火の世話の取り合いばかりしていた。

今は黙っていても薪の順番が回る。

積み重ねというのは、こういう静かな形で残る。


今日も収穫はあった。

青鷹が使う受け渡し印。

経路をずらした帳簿。

そして、第二王子派近臣の名が入った包み布。


中継小屋は空振りではなかった。

むしろ当たりすぎて、帰りの荷が増えたくらいだ。


成果は大きい。

だが、夜の林は静かで、逆に思考がよく聞こえてしまう。


「なあ、ミナト」


カナンが珍しく、少しだけ言いにくそうに名前を呼んだ。


「何」


「私は、お前に何度も助けられた」


焚き火の火が彼女の横顔を照らす。

戦場では迷わないくせに、今は目線が少しだけ泳いでいた。


湊は黙って待った。

カナンが言葉を選ぶことなんて、年に何度もない。

急かして良いものではないことだけは分かる。


「私の剣を一番使える形にしたのもお前だし、死なないようにしたのもお前だ」


「それは、まあ、相棒として」


「相棒だけじゃ足りなくなった」


はっきり言い切られて、湊は一瞬言葉を失う。


カナンは逃げなかった。

いつものように笑ってごまかしもしない。


「王女が相手でも退く気はない」

そのまま、真正面から続ける。

「公の場じゃあの人が強いのは分かってる。国も背負ってる。だからって、私は引かない」


カナンは膝の上で指を組み、ほどき、また組んだ。


「最初はただの上客だった。装備の腕がいいから損はない、その程度だ」


「知ってる」


「途中からは戦友だった。背中を預けて死なない相手は、私の世界じゃ宝だ」


「それも知ってる」


「今は、それじゃ名前が足りない」


焚き火がぱちりと鳴る。

夜の音が、それ以外なくなる。


「……そういうの、もっと軽く言う人だと思ってた」

やっと絞り出した言葉が、それだった。


「私を何だと思ってる」


「怖い冒険者」


「半分正解」


「もう半分は?」


「自分で考えろ」


少しだけ笑って、それからカナンは真顔に戻った。


「でもこれは軽くない。お前が死ぬのが嫌で、お前が他の誰かの隣にばかり立つのも嫌だ」


ここまでまっすぐ来られると、ずるいと思う。

湊は火を見つめたまま、しばらく答えられなかった。


頭に浮かんだのは、ずるいことに、別の人の顔でもあった。

署名の時に触れた指先。

王都では、と言った声。

比べているわけじゃない。

ただ、どちらも軽く扱える相手ではもうないのだ。


今ここで何か返せば、何かが決まる。

それが分かるからこそ、簡単に口は動かない。


誤魔化しの言葉なら、いくらでも浮かぶ。

ありがとう、とか。

大事な相棒だ、とか。

でも、まっすぐ来た相手に半端な札を切るのは、たぶん一番の不義理だ。


「すぐに答えなくていい」

カナンの方が先に言った。

「ただ、知っとけ。私はもう隠さない」


それだけ言うと、カナンは薪を一本足して、いつもの顔に戻った。


「見張りは交代制だ。先に寝ろ」


「……いいのか、この流れで」


「言いたいことは言った。あとはお前の問題で、今夜の問題は野営の見張りだ」


切り替えの速さが、いかにも彼女らしい。


隠さない、という言葉に救われたのか追い込まれたのか、自分でも分からない。

ただ一つ分かるのは、戦場で積み重ねてきた信頼が、今きちんと別の名前を持ったということだ。


夜はそのまま更けていく。

遠くで夜鳥が鳴いた。


湊は横になってからも、しばらく眠れなかった。

焚き火を挟んだ向こう側で、カナンはいつも通り剣を抱いて座っている。

戦場のときと同じ角度の背中。

それなのに、距離だけが前よりずっと近くなっていた。


何も変わらないのに、何もかも変わってしまった。

その二つの感想が、同じ重さで胸に残っている。


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