第73話 青鷹商会を釣れ
王都へ戻って三日目、湊は工房の机に三種類の輸送計画書を並べていた。
本物。
半分だけ本物。
そして、完全な餌。
「お前、だんだん顔が悪くなってきたな」
カナンが書類を覗き込んで言う。
「褒め言葉として受け取る」
餌の作り方には、こだわった。
偽の輸送計画書には、本物と同じ紙、本物と同じ書式、そして役人が三人しか知らないはずの整理番号まで振ってある。
本物らしさは、細部にしか宿らない。
それは道具作りで嫌というほど学んだことだった。
辺境伯領で学んだ。
敵は壊れた物に群がるのではなく、直り始めた流れへ食いつく。
ならば、食いつきたくなる流れをこちらから見せればいい。
「再建物資の優先配送路を三つ流す」
湊は説明する。
「一つは本命。二つ目は囮。三つ目は青鷹にだけおいしく見えるように細工した偽情報」
「食いついた先で首を絞めるわけか」
「できれば証拠付きで」
青鷹は宮廷にも商会にも人を潜ませている。その物流側の顔――青い鷹の印で荷を回す商会網を、湊たちはまとめて“青鷹商会”と呼んでいた。
情報を漏らす役は、あえて王都側の中間役人へ任せた。
二重三重に経路を分け、どの情報がどこから漏れたか分かるよう、記載内容を微妙に変える。
帳簿の改ざんを逆手に取った印付けだ。
「これ、職人のやる仕事か?」
兵站局の若い書記が青ざめる。
「構造を見る仕事です」
書記は半信半疑の顔のまま、それでも指示通りに文面を書き分けた。
彼自身も知らない。
自分の書いた三通のうち、どれが本物かを。
知らない人間は、嘘をつけない。
だから漏れない。
二日後、答えは出た。
偽の高純度魔鉱輸送路にだけ、妙に手際のいい盗賊崩れが集まり始めたのだ。
しかも配置の仕方が軍人臭い。
「釣れた」
湊は地図を見て言った。
「大物か?」
「少なくとも青鷹の手足」
地図の上では、偽情報を流した経路にだけ赤い印が増えていく。
本命と囮はどちらも静かなままだ。
つまり、漏れた口は一つ。
偽情報だけを渡した、あの中間役人の線だった。
釣り針には、最初の魚がもうかかっている。
作戦は夜に移る。
偽荷車列を出し、途中で道幅の狭い石橋へ誘い込む。
橋の補強は事前に済ませた。
逆に逃走側だけが詰まるよう、欄干と車止めを細工してある。
「ほんと性格悪い」
カナンが楽しそうに笑う。
「敵にだけ言われるなら誇っていいやつだろ」
配置も昼のうちに決めてあった。
夜目の利く辺境兵を林側へ、王女派兵を退路側へ。
辺境で量産した連携が、王都の作戦でそのまま生きている。
襲撃は予定通りだった。
橋上で荷車が止まった瞬間、左右の林から影が飛ぶ。
だが荷台に積まれていた箱の中身は魔鉱ではなく、煙幕筒と結界板。
一斉に青白い壁が立ち、逃走路が閉じた。
「囲め!」
辺境兵と王女派兵が前後から挟む。
カナンはその中心を一直線に抜け、指揮を執っていた男へ迫った。
だが相手もただ者ではない。
二本短剣を使って一撃をいなし、林の奥へ退く。
月明かりの下、右目下の古傷が見えた。
「レイス!」
カナンが叫ぶ。
男は振り返りもしない。
ただ青い羽根章を一枚、わざと落として消えた。
挑発だった。
「追うか」
「いや」
湊は首を振った。
「単独で消える奴を、夜の林で追わない。それより足元の収穫を固める」
カナンは数瞬、レイスの消えた闇を睨み、それから剣を収めた。
「……正しいよ、悔しいけどな」
それでも、残された部下と積荷で十分だ。
捕えた襲撃者の装備からは、青鷹商会を経由した資金の流れが見え始める。
「もう技術だけじゃないな」
リゼリアは回収物を見て言った。
「完全に情報戦です」
「向こうが構造で壊してくるなら、こっちも構造で返すしかないので」
リゼリアは押収品の目録を一枚ずつ確かめ、最後に小さく息を吐いた。
「これで、捜査の名分が立ちます。王都の中を、堂々と調べられる」
名分。
王都では、それが何よりの武器になる。
橋の上で縛られている工作員たちは、さっきまでの余裕が消えていた。
自分たちが荷を襲ったつもりで、逆に経路ごと読まれていたのだから当然だ。
縛られた男たちの中で、一人だけ若いのが震えていた。
雇われたばかりの運び役らしい。
湊はその男の縄だけ少し緩めさせた。
一番下の末端ほど、一番よく喋る。
それも青鷹に教わった手口だ。
遠く王都の灯が揺れる。
その向こうで、第二王子もたぶん今ごろ歯噛みしている。
青鷹商会を釣る罠は成功した。
次は、その網を逆に辿る番だった。
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