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マッチングアプリでマッチした相手は異世界の第三王女でした。〜召喚された最強クラフトマンは、崖っぷち小国を立て直して無双する〜  作者: 富益 啓


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第70話 小国はまだ終わらない

辺境伯領の再建開始から一か月。


町の景色は、誰の目にも分かるほど変わっていた。

朝市は週二回から毎日へ。

穀倉の前には保存食の受け取り列。

工房には職人見習いが増え、兵舎では量産槍の訓練が当たり前になる。

道の轍は深く刻まれ直し、水路の脇には当番表の木札が下がる。

夕方には職人講習の終い鐘が鳴り、それを合図に屋台へ灯が入る。

一か月前には、どれ一つなかった景色だ。


「別の町みたいだな」

湊が広場を見渡して言うと、アルヴェインは鼻を鳴らした。


「いや。元の町に近づいただけだ」


その言い方が、妙に好きだった。

新しく何かを捏造したんじゃない。

本来あるべき流れを、戻しただけ。

それがこの一か月の本質だった。


湊の手元の帳面には、直した物の名前がびっしり並んでいる。

水路、穀倉、荷車、槍、結界板、乾燥庫、警報具。

でも本当に直したのは、たぶんそのどれでもない。

“どうせ直らない”という諦めの方だ。


王都から届く報告も変わっていた。

第三王女派の地方貴族が増えた。

第二王子派の買収が以前ほど通らない。

辺境伯領の成果を視察したいという声まで出ている。


「“負け組”じゃなくなった」

カナンが通話板の報告を見て笑う。

「姫様、今ごろ王都で面倒な顔されまくってるぞ」


「それは前からでは」


「前よりさらに、だ」


カナンは通話板を卓へ置き、椅子の背へ深くもたれた。


「で、姫様の面倒が増えるってことは、次はこっちにも飛び火するんだろ」


「だろうな」


「嬉しそうに言うな」


「嬉しくはない。でも、呼ばれない反撃よりはいい」


その夜、リゼリアから長めの通信が入った。


『辺境伯領の成果が、ようやく王都でも無視できなくなりました』

『兄上派の中にも、沈黙を選ぶ者が増えています』

『戻ってきてください、とはまだ言いません』

『ですが、その日を近いと思ってください』


最後に、短い一行が添えられていた。


『どうか、健勝で』


公文めいた文面の中で、そこだけ素の声がはみ出している。


文面を読み終えたあと、湊は窓の外を見た。

工房の灯りがまだいくつか残っている。

遅くまで作業しているのは、もう自分だけじゃない。


「帰る時期か」


「帰るというか、乗り込む時期だな」

カナンが椅子を傾けたまま言う。


「怖くないのか」


「王都が?」

カナンは肩をすくめる。

「怖いに決まってる。でも、今なら勝ち筋がある」


「勝ち筋ね」


「お前が作ったんだぞ、その勝ち筋は」


カナンは事もなげに言う。


「槍と板と飯と道。地味な札ばかりだが、揃うと盤面がひっくり返る。王都の連中はまだ、その揃い方を知らない」


その答えが、今の辺境伯領そのものだった。

不安はある。

敵もいる。

それでも、前みたいな“どうせ無理だ”が消えている。


翌朝、広場で小さな式が開かれた。

再建特区第一段階の完了報告。

大袈裟なものではない。

だが、アルヴェインが住民の前で頭を下げ、こう言った。


「辺境伯領は、見捨てられた場所のままでは終わらん」


拍手が起きた。

誰かが量産槍を天へ掲げ、職人たちが治具を打ち鳴らす。

式典の作法としては滅茶苦茶だ。

でも、これほど正直な祝い方もなかった。

兵士も農民も職人も、同じ広場で同じ方向を向いている。


湊はその光景を見て、ようやく実感する。

ルーメリアは崖っぷちだ。

けれど、まだ落ちていない。


小国はまだ終わらない。

終わらせるつもりのない人間が、ここにもうこれだけいる。


式のあと、アルヴェインが一通の封書を差し出した。

王女の紋章入り。

中には短い一文だけ。


『王都へ戻る道を、こちらで開きます』


湊はそれを読み、静かに畳んだ。


一枚の紙に、ここまでの重さを感じる日が来るとは思わなかった。

最初の召喚のときは、ただ巻き込まれただけだった。

追放のときは、ただ悔しいだけだった。

今は違う。

戻る理由と、戻ってやることが、はっきりある。


反撃の第一段階は終わった。

次は、王都だ。


広場の向こうでは、子どもが量産槍の真似をして棒を振っている。

店の呼び声も、鉄を打つ音も、止まらない。


その全部を背にしながら、湊は小さく笑った。


「行こうか」


カナンが先に荷をまとめ、アルヴェインが護衛の編成を組み、職人たちが餞別代わりの補修部材を荷台へ積み込む。

辺境伯領は、もう湊一人がいなくても回る。

それこそが、この一か月の一番の成果だった。


国を立て直す戦いは、まだ始まったばかりなのだから。


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