第63話 量産槍と量産結界
畑へ水を戻した翌日、湊は兵舎の中庭を工房に変えた。
並べたのは、豪華な名剣でも王家秘蔵の魔道具でもない。
鉄芯の長さを揃えた槍頭。
交換式の柄。
魔力を薄く流すだけで張る簡易結界板。
結界板は、国境砦の奪還で配った携帯結界具を作り変えたものだ。個人用の使い捨てではなく、隊で並べて繰り返し使える板へ――量産前提に振り直した隊用版だった。
「これで勝てるのか?」
地方兵の隊長が露骨に疑う。
「これだけで無双はしません」
湊は槍を一本手に取った。
「でも、死ぬ確率は確実に下がる」
ルーメリアの地方軍が弱い理由は、兵の質だけじゃない。
武具の規格がばらばらで、折れたら終わり、壊れたら補充が来ない。
それが一番致命的だった。
「この槍は穂先と柄を分離できる。折れても全部捨てなくていい。結界板は一枚一枚は弱いけど、三人一組で使えば矢と初撃の魔法を逸らせる」
「三人一組?」
「前の二人が受けて、後ろが刺す。難しいことはやらない」
カナンが横から槍を一本奪い取った。
くるりと回し、眉を上げる。
「軽いな」
「重いと訓練不足の兵が振れない」
「夢がない」
「現実的って言え」
試験はその場ですぐ始まった。
隊ごとに三人組を作り、結界板を構え、木柵を立てた先から訓練用の鈍矢を浴びせる。
最初の一組は慌てて板をぶつけ合い、隙間だらけだった。
だが、湊が立ち位置を少し直し、板の縁に噛み合い用の爪を付けると、形が一気に安定する。
二組目は矢を弾いた。
三組目は受けた直後に前進し、模擬敵役の兵を押し返した。
兵たちの顔が変わる。
これは選ばれた騎士のための装備じゃない。
自分たちみたいな地方兵でも使える武器だと分かったからだ。
その午後、小規模な実戦の機会が訪れた。
砦奪還の混乱に乗じて、国境近くの盗賊崩れが輸送車列を狙ったのだ。
「行くぞ」
隊長が叫ぶ。
湊は止めなかった。
止めるより、見せる方が早い。
荷車の前へ三組の兵を出し、簡易結界板を前面に立てる。
後列には量産槍。
盗賊たちはいつものように石と粗末な火球を投げてきたが、今回は最初の一撃が通らない。
「今だ!」
前列が板を傾けて押し込み、後列の槍が一斉に突き出る。
一人倒れ、二人目が距離を誤り、残りはすぐ引いた。
戦いと呼ぶには短かった。
でも、それで十分だった。
「勝った……」
若い兵が呆然と呟く。
「俺たちが?」
「装備と配置がよかった」
湊は言う。
「次はもっと上手くやれる」
隊長は折れた槍柄を拾い上げ、湊へ差し出した。
「これでもう駄目だと思ってた」
「柄だけ替えればまた使えます」
「……本当に国が貧乏でも戦えるようになるのか」
その問いに、湊は少しだけ考えた。
「強国みたいな贅沢な戦い方は無理です。でも、食われないだけの形にはできます」
その答えで十分だったらしい。
兵たちは誰からともなく、量産槍を“湊槍”と呼び始めた。
「やめろ」
本人は即座に否定したが、誰も聞かなかった。
夕方、兵舎の壁へ新しい訓練表が貼られる。
三人組運用。
結界板の展開角度。
槍柄交換手順。
補修部材の保管場所。
それを見上げる兵士たちの背中は、昨日までより明らかにまっすぐだった。
戦えない国は、最初に心が折れる。
けれど、自分たちでも守れると一度知った兵は、そう簡単には崩れない。
量産槍と量産結界は、ただの装備じゃない。
辺境伯領へ戻り始めた自信の形でもあった。
毎日21時更新予定。お気に入り登録ぜひよろしくお願いします。




