第6話 救難召喚
戻れるか分からない。
その条件で、見知らぬ世界へ飛び込む人間はそう多くない。
少なくとも、普段の相沢湊なら絶対に首を縦には振らなかった。
けれど、その夜の庭で、発光する蔵の扉を前にした湊は、なぜか逃げる方が不自然な気がしていた。
扉の裂け目から流れ出す冷たい風の向こうで、誰かが本気で助けを求めている。
しかも、その相手は祖父の名前を知っているどころか、祖父が残した仕組みの上で自分を呼んでいる。
ここまで来て見なかったことにはできなかった。
スマホへ新しい表示が現れる。
『接続術式、起動』
『適合者の同意を確認します』
「こんなところだけ急にシステムメッセージなんだよ」
呟いた声は、自分でも分かるくらい強ばっていた。
裂け目の向こうに、淡い影が見える。
石の床、円形の紋、そして膝をついた少女の輪郭。
リゼリアだ。
画面越しで見たときよりずっと青ざめていて、それでも必死にこちらを見ている。
『お願い』
『今ここで途切れたら、もう二度と繋げません』
湊は一度だけ、母屋の方を振り返った。
暗い縁側、閉じた雨戸、誰もいない家。
明日になれば、いつもの仕事がある。請求書も、打ち合わせも、納期もある。これが夢だったら、朝には笑い話だ。
なのに、足元の土は現実の重さで沈んでいる。
工房へ駆け戻り、作業台の脇に置いていた祖父の古い工具箱を掴んだ。癖で中身を確認する。鑿、金槌、ヤスリ、小型のノギス、細い楔、見覚えのない銀色の杭が三本。
蓋の裏に、今まで気づかなかった文字が刻まれていた。
『迷ったら、直せ』
祖父らしい。
説明ゼロで、背中だけ押してくる。
湊は短く息を吐いた。
「分かったよ、じいちゃん」
工具箱を片手に持ち、もう一度スマホを見る。
『行きます』
送信した瞬間、蔵の床一面に光の線が走った。
円陣が完成する。
土も、壁も、天井も、見えない何かに引っぱられるように軋み始めた。
裂け目の向こうで、リゼリアが立ち上がる。
その背後から別の女の声が飛んだ。
「姫様、早く! 来ます!」
同時に、こちら側の空気が反転した。
前へ倒れたのか、引き込まれたのか、自分でも分からない。ただ足場が消え、胃が浮き、視界いっぱいに金と青の線が走る。
耳元で、祖父の工具が激しく鳴った。
鉄と鉄がぶつかり合う音が、まるで何かの合図みたいに響く。
次の瞬間、湊の視界へ無数の線が流れ込んできた。
床の下を巡る回路。
壁に埋まった魔石の位置。
崩れかけた結界の継ぎ目。
見たこともないのに、なぜか分かる。
冗談みたいだが、これが自分に流れ込んだ力なのだと、本能の方が先に理解した。
これが、俺に与えられた切り札か。
「……っ、は?」
理解が追いつく前に、体が硬い石床へ叩きつけられた。
冷たさと痛みが現実を突きつける。
顔を上げた湊の目の前には、息を呑んでこちらを見る、一人の少女がいた。
毎日21時更新予定。お気に入り登録ぜひよろしくお願いします。




