第59話 反撃の試作品
帰還前日の工房は、戦場前夜の工房だった。
木屑、金具、図面、砥石、樹脂片、銀杭。
床には試作品が並び、机の上では湊がひたすら手を動かす。
量産槍の標準口金。
携帯結界具の試作杭。
ろ過筒の分解図。
悪路荷車の要部軸受け。
その中で、一つだけ最優先の作業があった。
カナン専用の補助装備だ。
「本当に私のからやるのか」
「一番すぐ結果出るから」
彼女の大剣を床へ置き、湊は柄と重心を再確認する。
最初に出会ったころ、一度握りは調整した。
でも今回はその先だ。
戦場で何度も見た動き、国境砦を奪い返すときの想定、疲労時の踏み込み。
全部を前提に、今のカナンへ合わせる。
「ここ、返しで膝に負担来てる」
「分かるのか」
「歩き方でもう」
言いながら、脚部補助具の留め位置を直す。
素材は現代品をそのまま持ち込めないから、構造の考え方だけを移す。
革と薄板金で作り直せる程度に単純化し、それでいて踏み込みの軸をぶらさないようにする。
次に大剣。
問題は重さそのものではない。
切り返しのタイミングで、ほんのわずかに握りの遊びが出ることだ。
湊は柄の芯へ補助環を足し、柄頭の重りを微調整した。
「振って」
カナンが庭先へ出る。
一閃。
空気の裂ける音が前より短い。
二撃目。
三撃目。
止まりが速い。
「……軽い」
「重さはそんな変えてない」
「違う。身体が先に戻る」
その反応を見て、湊はようやく息を吐いた。
当たりだ。
「脚の方は?」
カナンは試しに低く踏み込み、そのまま地面を蹴って前へ出る。
普段ならほんのわずかに遅れる二歩目が、するりと繋がった。
「気持ち悪いくらい噛むな」
「褒めてる?」
「褒めてる」
そのあとは防衛兵向け装備の試験に移る。
携帯結界具は完全な盾にはならない。
でも一回だけ飛び道具を弾ければ、兵の生存率は跳ねる。
湊は庭木へ板を吊り、簡易弓で矢を射って試した。
一射目で結界具が青く弾き、二射目で砕ける。
「一回か」
カナンが言う。
「一回あれば、伏せるか詰めるか判断できる」
「戦場だと、その一回はでかい」
簡易ろ過筒の試験もした。
濁り水を一段落とし、煮沸前提で飲用圏まで持っていく。
向こうの兵站では、これだけで病人が減る。
日が暮れるころ、工房の隅には“戻ったらすぐ使う物”だけがきれいに積み上がっていた。
量産槍の基準部品。
携帯結界具の初期ロット。
簡易ろ過筒の手本。
補修工具。
そして、カナン用の改修装備。
「準備できたな」
と湊。
「ああ」
珍しく、二人ともすぐ返事をしなかった。
明日には向こうへ戻る。
向こうは戦場だ。
王都よりましとはいえ、反撃開始直後の砦奪還は危険が大きい。
しばらくして、カナンが口を開く。
「湊」
「ん?」
「お前は、たぶん前に出すぎる」
「職業病」
「知ってる」
彼女は大剣を背負い直し、まっすぐこちらを見る。
「だから、戦場では私が守る」
軽く言ったわけではない。
騎士の誓いとも、恋愛の告白とも違う。
でも、その両方の熱が少しだけ混ざっていた。
「……頼りにしてる」
湊がそう返すと、カナンは少しだけ目を細める。
「当たり前だ」
工房の外では、夜風が木を鳴らしていた。
明日になれば、もうこちら側の静けさとはしばらく別れる。
だからこそ、その一言は大きかった。
自分一人で戻るんじゃない。
一緒に戻る相手がいる。
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