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マッチングアプリでマッチした相手は異世界の第三王女でした。〜召喚された最強クラフトマンは、崖っぷち小国を立て直して無双する〜  作者: 富益 啓


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第48話 蔵に残った祖父の声

現代へ戻った最初の一日は、ひどく現実感がなかった。


蔵を出れば、見慣れた庭がある。

道路の向こうでは近所の軽トラックが動き、遠くで子どもの声がする。

スマホを見れば、現代の通知が普通に溜まっていた。


それなのに頭の中では、まだ石の廊下と転移炉の爆音が鳴っている。


「脳みそ、ついてこねえ」


居間で水を飲みながら呟く。

グラスの冷たさだけが、妙に現実だった。


昼を過ぎても、アプリはほとんど反応しなかった。

リゼリアからもカナンからも連絡はない。

通信そのものが不安定なのか、あえて切っているのか分からない。

分からないのが、いちばんきつい。


ただ一度だけ、通知欄の奥で灰色の表示が瞬いた。


『未送信メッセージを復元中』


開くと、祖父の名前があった。

宛先は、やはりリゼリア。


『リゼリア殿、もし湊がこちらへ来たなら――』


工房の焼け跡で見つけた紙片と、同じ文だった。

だが、画面の中の文字もそこで欠けている。

続きはノイズのような灰色の粒になり、指でなぞっても戻らなかった。


死んだ祖父が、まだどこかで言葉を送り損ねている。

そう思うと、胸の奥が落ち着かなかった。


じっとしていても潰れそうだったので、湊は工房へ向かった。


祖父の工具箱、旧鍵板、銀杭。

蔵と工房を行き来しながら、昨日までの情報を頭の中で並べ直す。

転移炉の異常、青鷹、ガルドの配置、工房荒らし。


「構造を作ってる側を、構造で殴り返す」


そう決めた以上、まず必要なのは祖父の残したものだ。

たぶん、まだある。


工房の作業台へ旧鍵板を置いたときだった。

真鍮の留め具が、かすかに震えた。


「ん?」


工具箱の方でも、銀杭が小さく鳴る。

偶然じゃない。


湊は作業台の縁を叩き、木目を見た。

祖父の工房は整いすぎている。

整いすぎている家には、大抵“もう一段奥”がある。


引き出しを外し、底板をずらし、古い釘穴の位置を見比べる。

すると、裏板の一部だけ、内側へ押し込める形になっている場所があった。


「あった」


押すと、低い音と共に小さな隠し棚が開いた。


中に入っていたのは、油紙に包まれた図面束と、古いICレコーダーだった。

充電されているとは思えない年代物なのに、電源ランプだけがかすかに光っている。


嫌な予感より先に、覚悟に近いものが来た。

これはたぶん、自分向けだ。


再生ボタンを押す。


しばらくノイズが流れたあと、聞き慣れた声がした。


祖父だ。


『これを聞いてるってことは、向こうで何かあったんだろう』


胸の奥がぎゅっと縮む。

死んだ人間の声なのに、不思議なくらい平坦で、いつもの調子だった。


『先に言っとく。説明は足りん』


「知ってるよ」


思わず口から漏れる。


『だが、あの国が危なくなったら、お前が行くしかない』


音声の向こうで、木か金属を置く音がした。


『道具は使い方が分からんと意味がない。向こうの仕組みも同じだ。壊れたもんをその場で直すだけじゃ足りなくなる日が来る』


まるで、今の状況を見てきたみたいな言い方だった。


『図面を見ろ。手記を読め。蔵と工房は繋がってる。あっちとこっちも、思ってるほど離れてない』


録音は短かった。

でも最後の一言だけ、少しだけ声が低くなる。


『迷ったら、直せ。人も、仕組みもだ』


そこで、音声は切れた。


工房が静かになる。

外ではまだ現代の音がしているのに、そこだけぽっかり別の時間みたいだった。


湊はしばらく動けなかった。

祖父が何者だったのか、まだ全部は分からない。

でも少なくとも、向こうの国のことを本気で考えたまま死んだことだけは分かる。


図面束を開く。

最初に出てきたのは水利盤。

次は転移炉。

その次は穀倉と防壁。


別々の設備のはずなのに、線の引き方が同じだ。

負荷の逃がし方、補修前提の継ぎ方、量産規格への落とし込み。

全部が一つの思想で繋がっている。


「……じいちゃん、マジで何者だよ」


ページをさらにめくると、一番下に薄い手帳があった。

表紙の端には、小さくこう書かれている。


境界工匠(きょうかいこうしょう)覚え書き


ようやく、名前が出た。


向こうの国へ戻る手掛かりと、召喚された理由の理屈が、この中にある。

そう確信できるだけの重さが、その一冊にはあった。


毎日21時更新予定。お気に入り登録ぜひよろしくお願いします。

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