第45話 王都追放
処分が下るのは早かった。
審問の翌朝、王家名義の通達が工房棟へ届く。
文面は丁寧だった。
だからこそ、余計に冷たい。
父王は長く病床にあり、最近の政務印の多くは第二王子預かりで運用されている。
王家名義といっても、その実態が誰の意思に近いかは考えるまでもなかった。
異邦人技術顧問・相沢湊に対し、事故調査完了までの間、王都外縁への一時退避を命ずる。
王城内設備への接近を禁じる。
王女区画への自由な出入りも停止する。
要するに、追放だった。
「“安全のための隔離”ねえ」
通達を読み上げた役人は気まずそうに目を逸らす。
彼自身が決めたことではないのだろう。
でも紙にされた時点で、もう個人の良心ではどうにもならない。
カナンが壁にもたれたまま低く言う。
「綺麗な言い方するな」
「綺麗な方が飲ませやすいから」
と湊。
荷物をまとめろと命じられた時間は、半日。
短すぎる。
しかも工房は封鎖済みで、持ち出しも検査対象。
つまり本気で“何も持たせずに外へ出す”つもりだ。
その最中、王城中庭では処分告知が半ば公開の形で読み上げられた。
口実は、王都内の動揺を抑えるため。
実態は見せしめだ。
集まった貴族や役人の前で、審問官が淡々と告げる。
「事故原因は未確定。しかし王都中枢への不適切接近と、異邦術具の使用疑義がある以上、現段階での在城継続は認められない」
誰も“有罪”とは言わない。
でも十分に、危険人物として響く言葉だけが選ばれている。
リゼリアは壇の脇に立っていた。
王女としての席だ。
反対を叫ぶこともできたかもしれない。
だが、それをやれば向こうは待っていましたとばかりに“王女が異邦人を庇って秩序を乱した”へ話を繋げる。
湊には、それが分かった。
だからこそ、リゼリアが沈黙を選んだことも理解できる。
それでも、痛かった。
通達が終わったあと、貴族たちの視線が一斉にこちらへ向いた。
哀れみもある。
面白がる目もある。
ざまあみろと言いたげな顔もある。
その中で、以前槍の規格整理を手伝った若い兵士が、ほんの一瞬だけ頭を下げた。
南穀倉の官吏も、目立たないように拳を握っていた。
全部が敵ではない。
ないけれど、今ここで声を上げられるほど味方も強くない。
中庭からの帰り道。
カナンが不機嫌を隠さず言う。
「殴りたい」
「誰を?」
と湊。
「半分くらい」
「多いな」
「足りない」
そのやり取りに、少しだけ救われた。
昼過ぎ、退去準備の最中に、リゼリアがようやく部屋へ来た。
護衛も侍女もつけず、一人で。
扉が閉まるなり、彼女は真っ先に頭を下げようとした。
「やめて」
湊が慌てて止める。
「それは違う」
リゼリアは顔を上げる。
普段の静けさを保とうとしているのに、目の奥だけがひどく苦しそうだった。
「……わたくしが受け入れなければ、兄上はあなたを王都外ではなく地下牢へ送ったでしょう」
「分かってる」
「でも」
「分かってるって」
ちゃんと、分かっていた。
彼女が黙っていたのは見捨てたからじゃない。
いちばんマシな負け方を選んだからだ。
それでも負けは負けで、悔しいものは悔しい。
リゼリアは唇を結び、しばらく黙っていた。
やがて低く言う。
「外縁の滞在先は、王女付名義の古い監督所に変えさせました。完全な孤立にはなりません」
「ありがとう」
「ですが、おそらく追撃は来ます」
「だろうね」
「だから――」
そこで彼女は言葉を切った。
誰か来る気配がしたのだろう。
すぐ外に足音が止まる。
リゼリアは一瞬だけ目を閉じ、いつもの王女の顔に戻った。
「時間です」
外縁へ向かう馬車は、夕刻前に出た。
見送りは最低限。
形式だけ整えられた静かな出立。
王城の門をくぐる直前、湊は振り返った。
高い塔、石壁、結界の光。
来たばかりの頃は全部異世界だった。
でも今は、直しかけた場所や守りたい人の顔ばかりが浮かぶ。
その中で、門上の回廊に立つリゼリアの姿だけが見えた。
遠くて表情までは分からない。
それでも、最後までこちらを見ていた。
王都から離れていく馬車の中で、湊はようやく認める。
自分は今、ちゃんと負けたのだと。
正論でも技術でも、その場ではひっくり返せない構造に。
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