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マッチングアプリでマッチした相手は異世界の第三王女でした。〜召喚された最強クラフトマンは、崖っぷち小国を立て直して無双する〜  作者: 富益 啓


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第43話 工房荒らし

転移炉爆発の翌朝、湊はほとんど眠れていなかった。


王宮の廊下を歩くだけで、ひそひそ声が耳に入る。


「やっぱり異邦人って」

「王女殿下も、あんな者を」

「でも結界や水利盤は」

「だから余計に怖いのよ」


言い返したところで意味はない。

今は“分からないものは怖い”が勝つ。


せめて手を動かそうと、湊は工房へ向かった。

転移炉の件で使った図面を洗い直し、罠の構造を先に見つけるしかない。


工房棟の角を曲がったところで、鼻を刺す匂いがした。


焦げ臭い。


「……は?」


次の瞬間、湊は走っていた。


工房の扉は半ば外れ、蝶番ごとひしゃげている。

中は散乱していた。

棚は倒れ、机は割れ、図面棚は引き出しごとぶちまけられている。

火は大きく回る前に消されたらしいが、奥の作業台だけが不自然に焼け焦げていた。


「最悪」


カナンがすぐ背後へ来る。

左脇腹には、昨夜の爆発で受けた傷の上から包帯が巻かれている。

歩き方はいつも通りに見えるが、踏み込む瞬間だけほんの少し浅い。

本人は痛みをなかったことにしている顔だった。


彼女は一歩入った瞬間、周囲を見渡した。


「荒らされた、で済む感じじゃないな」


「うん。探してる」


湊は散らばった紙を拾い上げる。

手当たり次第ではない。

抜かれているものがある。


荷車改修の標準図面。

簡易検査の手順書。

補助結界石の改良記録。

そして転移炉の外周支持環について昨夜書き込んだメモ。


逆に、どうでもいい木工治具の控えや穀倉の古い写しは残されていた。


「知ってる奴の仕事だ」


「何が?」

カナンが訊く。


「どれが欲しいか分かってる。しかも焼き方が浅い」


焦げた作業台へしゃがみ込む。

火は証拠隠滅のためというより、“湊が何か燃やしたように見せる”ために近い。

油の撒き方が雑で、延焼を本気で狙っていない。


リゼリアも遅れて到着した。

扉の前で、一瞬だけ息を呑む。


「……ここまで」


「図面だけ抜かれてる」

湊は振り返らずに言った。

「設備を直した記録と、改善の規格だけ」


「爆発の翌朝に、ですか」


「早すぎる。こっちが反論準備する前に、証拠と成果を両方奪ってる」


昨日まで補助に来ていた若い助手の整理札が、床に落ちていた。

だが本人の姿はない。


「助手は?」

リゼリアが近くの役人へ問う。


「本日未明から所在不明です」


その答えに、カナンが低く舌打ちした。


さらに奥を調べると、祖父の工具箱には手が付けられていなかった。

開けてみても中身は無事だ。

異世界側の人間には価値が分かりにくいのか、あるいは触れたくなかったのか。


「……じいちゃんの箱だけ残るの、皮肉だな」


その横で、湊は焼けた作業台の裏から、半分炭になった紙片を見つけた。


工房にあった図面ではない。

紙質が違う。

祖父が使っていた古い便箋に似ていた。


焼け残った文字は、ほんの数行だけだった。


『リゼリア殿、もし湊がこちらへ来たなら――』


そこで焦げている。

次の行は、かろうじて読めた。


『あいつには、まず壊れた』


その先は黒く潰れていた。


壊れた何を見せろと言いたかったのか。

村か。

国か。

人か。

それとも、心か。


湊は紙片を握り潰しそうになって、慌てて指の力を抜いた。


これだけは、燃え残ったのではない。

燃やされても、残ったのだ。


リゼリアは焼け跡の前へ歩み寄り、静かに周囲を見た。

怒鳴らない。

泣かない。

ただ、目の温度だけが下がっていく。


「警備記録は」


「昨夜二刻の間、この棟の巡回が飛んでおります」

と役人。


「理由は?」


「転移炉事故の応援配置で」


「都合が良すぎますね」


誰が見てもそうだ。

爆発で湊へ疑いが向いた翌朝、その工房が荒らされる。

しかも失われたのは、国を立て直すための設計図と、爆発に関する反証メモ。


「向こう、焦ってるのかも」

と湊。


「あるいは、完全に詰みに来ています」

リゼリアが返す。


どちらにせよ、優しくはない。


午後になると、王宮内ではさらに嫌な噂が広がった。


異邦人の工房が荒らされたのは、自分で証拠を隠したからではないか。

焼けた机には禁術の図面があったのではないか。

転移炉の事故と工房荒らしは、口封じの一環ではないか。


誰も何も見ていないくせに、話だけはどんどん形を持つ。


「噂って、ほんと便利だな」

湊は苦く笑った。


「便利だから使うのでしょう」

リゼリアが答える。


その日の夕刻、工房の外には軍務局の封印札が貼られた。

“事故調査のため、一時差し押さえ”。


つまり、ここももう自由には使えない。


湊は封印札を見上げた。

王都へ来てから積み上げてきた成果の拠点が、一枚の紙で閉じられる。


殴られた痛みより、じわじわ削られていく感覚の方がきつかった。


敵はもう、湊個人だけを狙っていない。

湊が残した仕組みと、そこへ集まる人間関係ごと切り離しにきている。


毎日21時更新予定。お気に入り登録ぜひよろしくお願いします。

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