第41話 転移炉の異常
青鷹と北の強国の線が見え始めてから三日後。
湊は、折れた槍の断面を何度も見返していた。
原因はもう分かっている。
代用された鋼材の粘り、柄木の乾き、実戦での押し合い。
どれも現物を見れば読めた。
だが、最初に規格を切った時の湊は、そこまで深く見なかった。
「視えるからって、分かった気になるな、か」
祖父の未送信メッセージを思い出す。
リゼリアは政治の側から、ベルク商会と軍糧の噂がどこへ流れているかを洗っていた。
カナンは兵装庫に出入りしていた職人と兵士を辿り、誰がどの素材を混ぜたのかを追っている。
二人の報告が戻ってくるたび、湊は思い知らされた。
自分ひとりで見える範囲は、思ったより狭い。
その朝、王都は別の悲鳴で揺れた。
「中枢転移炉に異常です!」
朝の執務室へ駆け込んできた侍従の声で、部屋の空気が一変する。
リゼリアが立ち上がるより早く、湊の頭には王都の地下構造が浮かんでいた。
転移炉。
王都の物流、緊急搬送、軍の移送まで担う中枢設備。
水利盤や結界と並ぶ王国の足回りだ。
「どの程度?」
リゼリアが問う。
「脈動が不安定になり、短距離転送の座標ずれが発生しています。既に倉庫棟で荷が二度、想定外の位置へ飛ばされたと」
父王陛下が二月近く床を離れられない今、こうした中枢設備の異常はすぐ継承上位者の権限争いへ飲まれる。
だからこそ、リゼリアが表情を険しくした理由も湊には分かった。
「行こう」
三人はすぐ地下へ向かった。
転移炉のある中枢室は、王城地下でもひときわ広かった。
円形の炉心を囲むように金属環が幾重にも重なり、床には座標指定用の工式盤が伸びている。
だが今日は、その光の流れが明らかにおかしい。
「うわ」
湊が顔をしかめる。
青白いはずの流路に、ところどころ黒ずんだ脈が混じっていた。
負荷が一方向へ偏り、戻りの流れが遅れている。
無理やり言えば、心臓が片方だけ強く打っているみたいな状態だ。
「止めた方がいい」
湊は即座に言った。
「できますか?」
リゼリアが訊く。
「止めるだけなら。でも、今の状態で触る順番間違えると、偏荷重が一気に跳ねる」
周囲では宮廷技師たちが慌ただしく動いていた。
その中から、年配の工務監が苛立った声を上げる。
「勝手なことを言うな。転移炉は王国軍務管轄だ」
「軍務だろうが何だろうが、壊れたら終わりでしょ」
と湊。
「座標ずれ程度で大袈裟だ。すでに補助石の再調整を進めている」
「だから余計に危ないんだって」
湊の目には、技師たちの手元がはっきり見えていた。
補助石の位置そのものは問題ではない。
その下にある流路杭が一本だけ、わずかに角度を変えられている。
しかも古い劣化に見せかけるため、表面だけ摩耗を偽装してあった。
「……誰か、細工してる」
「何?」
カナンが低く訊く。
「ここ」
湊は炉心外周の第三支持環を指した。
技師たちは怪訝な顔をする。
「見た目は劣化だけど、違う。削れ方が逆。無理やり工具入れて、元の負荷逃がしを潰してる」
工務監が鼻で笑った。
「また異邦人の勘か」
「勘じゃない。工具痕」
湊は近づこうとした。
だがその前へ、武装した王城警備兵が一列に出る。
「ここから先は、第二王子殿下の命により軍務局が引き継ぐ」
嫌な予感が、はっきりと形になる。
「兄上が?」
リゼリアの声が冷える。
警備隊長は目を伏せた。
「王都基幹設備に関する異常ゆえ、王位継承上位者への即時報告が下りました」
「わたくしは王国工務と民政の担当です。この件には関与権があります」
「承知しております。しかし調査権限は軍務局へ」
うまい。
誰が見ても不自然すぎない理屈だ。
転移炉は軍にも物流にも関わる。だから軍務が前へ出る。
そして軍務は第二王子派が握っている。
湊は舌打ちしたくなるのを堪えた。
「じゃあせめて、外周第三支持環だけでも今すぐ封じて」
「理由は?」
工務監が訊く。
「偏荷重の戻り先がそこに集まってる。次に短距離転送かけたら、炉心じゃなく外縁が裂ける」
「証明できるか」
「見れば分かる」
「見えるのは、お前だけだろう」
その一言で分かった。
こいつらは最初から、正しい手順を知りたいわけじゃない。
湊の言葉が“異邦人の独断”に見える形を待っている。
リゼリアが前へ出た。
「記録を残します。ミナトが第三支持環への封鎖措置を提言したこと、そしてそれを軍務局が却下したことを」
工務監の眉がぴくりと動く。
「殿下、それは」
「記録を」
静かな命令だった。
侍従がすぐ書記板を開く。
その隙に、湊はもう一度炉を見た。
黒ずんだ脈の流れが、さっきよりわずかに強い。
誰かが別経路で圧をかけている。
「……これ、自然発生じゃないどころか、タイミングまで作ってる」
「間に合うか」
カナンが低く訊く。
「今なら、まだ」
だが、その“今なら”を相手はくれないだろう。
軍務局の印章板が運び込まれ、正式に中枢室の管理が切り替わる。
その場で湊に許されたのは、せいぜい外縁から目視することだけだった。
部屋を追い出される直前、湊は最後に炉心を見た。
脈の打ち方が、一瞬だけ不自然に揃った。
誰かが向こう側で、起動の刻を待っている。
そう直感した瞬間、背中がひやりと冷えた。
この異常は事故じゃない。
しかも、ただ壊すだけでもない。
誰かを、壊したことにしたい壊れ方だ。
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