第40話 強国の影
青鷹の名がはっきりと出てから、リゼリアの執務室は半ば作戦室になっていた。
机の上だけでは足りず、壁にまで地図が貼られる。
東街道、南河港、中継倉、兵站庫、主要商会。
そこへ糸を引き、印を置き、日時を書き込んでいく。
湊は地図の前で腕を組んだ。
リゼリアは帳簿をめくり、カナンは北方関係の名と印を洗い出している。
最初はばらばらだった違和感が、ようやく一枚の図として見え始めていた。
「見えてきた」
「何がです?」
リゼリアが顔を上げる。
「敵のやり方」
湊は糸で結ばれた点を指した。
「青鷹は、荷を盗むのが目的じゃない。通行証を偽装して、正規の流れを遅らせて、軍糧を抜いて、利益を薄く削ってる」
「国を貧しくするために?」
「正確には、“足りない状態”を作るため」
足りないから、借りる。
足りないから、買う。
足りないから、誰かに頼る。
その誰かが外なら、国は簡単に首を掴まれる。
カナンが机へ一枚の写しを置いた。
北方商人の名と、青い鷹の印をまとめたものだ。
「国境時代に見た符牒と一致した。グランゼル帝国の辺境補給商と、その周辺の傭兵仲介人が混ざってる」
「やっぱり北か」
と湊。
「ほぼ間違いない」
リゼリアは黙って地図を見つめる。
王都へ入る線、王都から地方へ出る線。
どれも、青鷹が触れやすい場所だけ少しずつ痩せていた。
「第一王女セレスティア殿下からの返信です」
扉の外から、書記官が封書を持って入ってきた。
東方諸国へ出ているはずの第一王女。
湊にとっては名前だけの人だったが、封蝋の切り口と短い文面だけで、妙に性格が見えた。
『東方迂回路にも同じ痩せ方あり。北境補給商の名を三件同封する。妹よ、証拠は感情で飾るな。数字だけで刺せ』
「……強そうなお姉さんだ」
湊が思わず言う。
リゼリアはほんの少しだけ肩の力を抜いた。
「ええ。姉上は、わたくしよりずっと容赦がありません」
その一枚で、地図の北と東が細く繋がった。
王都の外でも、同じ構造が動いている。
「この国は、弱ったから食われかけていたわけではないのですね」
その言葉に、湊は頷いた。
「うん。食うために、弱らされてた」
沈黙が落ちる。
重いが、妙にすっきりもしていた。
原因不明の不調は怖い。
でも、仕組みだと分かれば壊し方を考えられる。
「結界、水路、兵站、商会、軍糧」
湊は一つずつ指した。
「全部別件に見えて、狙ってる場所は同じだよ。国が自力で立ってるための足回り」
「基盤工式と同じですね」
リゼリアが言う。
「そう。剣で落とすより、そっち腐らせた方が安いし早い」
カナンが壁にもたれたまま低く吐き捨てた。
「嫌な連中だ」
「でも、逆に言えば分かりやすくもある」
湊は地図へ新しい印を打つ。
「次に守るべき場所が」
東街道の関所。
南の中継倉。
兵站局の改修荷車。
王都内の主要商会。
そして、王城の中。
リゼリアはゆっくり顔を上げた。
疲れはある。
だが、視線はもう迷っていない。
「兄上が関わっているとしても、まだ断罪には足りません」
「うん」
「ですが、王国を蝕む構造が見えた以上、壊していく優先順位は決められます」
それは、王女ではなく改革者の声だった。
湊は少しだけ笑う。
「やっと本当の敵が見えた感じだな」
「怖気づきましたか?」
「逆。むしろやりやすくなった」
壊れ方が分かれば、直し方も考えられる。
少なくとも、職人としてはそうだ。
その夜の終わり、三人は机の上に残った証拠を見下ろした。
偽通行証。
青い鷹の印。
二重帳簿。
軍糧の布見本。
北方名簿。
もう、偶然や無能で片づけられる段階ではない。
ルーメリア王国は、内からも外からも、意図的に弱らされている。
商会も、兵站も、宮廷も、そのための回路にされていた。
窓の外では、北からの風が王都の灯りを揺らしていた。
湊はその暗がりを見ながら、静かに思う。
この国を蝕んでいたのは、貧しさそのものじゃない。
貧しくされ続ける構造だ。
そして構造なら、壊せる。
たとえ、その先に第二王子と強国の影が待っていたとしても。
その夜、湊が工房へ戻ると、祖父のスマホがまた震えた。
復元された未送信メッセージの続きだった。
『――信用するな。見えるものだけで勝てる相手ではない』
その下に、もう一行。
『湊は構造を読む。だが、人は構造通りに壊れない』
湊はしばらく画面を見つめた。
今日、自分たちが得た証拠。
青鷹の輪郭。
北の強国の影。
全部見え始めたと思った。
けれど祖父は、まるでそれを待っていたように釘を刺してくる。
「……分かってるよ」
そう返しても、画面は沈黙している。
分かっている。
つもりだった。
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