第39話 潜んでいた青鷹
中継倉で捕えた下士官と、ベルク商会の番頭。
二人は別々に拘束された。
口が軽そうなのは下士官の方だったが、実際に網の形を知っていたのは番頭の方だった。
尋問の場に選ばれたのは、王女区画に近い小さな石室だった。
机一つ、椅子三つ、灯り二つ。
余計なものがないぶん、逃げ場もない。
番頭は五十手前くらいの男で、捕まったあとも妙に落ち着いていた。
「私はただの商人でして」
「そのわりに、二重帳簿と軍糧の流し先を把握してましたけど」
と湊。
「商売熱心なだけです」
「便利な言葉だな」
番頭は薄く笑う。
その笑みを、カナンが斜め後ろから無言で見下ろしていた。
それだけで普通の相手なら震えそうなものだが、男はまだ強がっていた。
そこで湊は、机の上へ順番に物を並べた。
偽通行証。
青い鷹の焼き印を写した紙。
ベルク商会の二重帳簿。
そして軍糧袋の布見本。
「これ、全部別件に見える?」
番頭の目が、ほんの一瞬だけ揺れた。
「……さて」
「俺は同じ手つきに見える。帳簿の整え方も、箱の作り方も、抜く量も、“見つからない程度に繰り返す”癖が一緒」
湊は帳簿の一行を指で叩く。
「だから、あんたは現場の人間だ。命令された通り動いただけの下っ端じゃない」
番頭の笑みが少しだけ薄くなる。
「面白い職人様だ」
「褒めなくていいから、答えて」
沈黙。
そのあと、意外にも口を開いたのはリゼリアだった。
「青鷹とは何ですか」
声は静かだった。
だが、王女として命じる重さがある。
番頭はしばらく彼女を見つめ、やがて小さく肩をすくめた。
「名を知っているなら、半分は答えと同じでしょう」
「残り半分を」
「商会だけの話ではありません」
男はようやく視線を落とした。
「港、関所、倉庫、兵站、役所。どこにでも、ほんの少しずついる。書類を一枚遅らせる者。印を一つ見逃す者。荷を一箱横へ流す者。そういう小さな手を束ねたものが青鷹です」
カナンが眉をひそめる。
「ただの盗賊団じゃないな」
「盗賊なら、もっと派手に盗みますよ」
番頭が乾いた声で言う。
「あれらは“足りない状態”を作る方が得意だ」
その一言で、湊の腹の底が冷えた。
同時に、別の冷たさもあった。
この男は、話しすぎている。
怖がっているわけではない。
こちらへ必要な輪郭だけを渡しているように見える。
足りない状態。
まさに今まで見てきたものだ。
少しずつ遅れる物流。
少しずつ抜かれる軍糧。
少しずつ目減りする利益。
一つ一つは事故や無能で説明できる程度の損失。
でも全部足すと、国を弱らせる。
「青鷹の頭は誰」
と湊。
番頭は笑わなかった。
「それを知っている者は少ない」
「ガルドか」
初めて、男の目が鋭く上がった。
カナンの手が剣柄へかかる。
だが番頭はすぐ視線を戻した。
「王子の名は、軽々しく口にしない方がいい」
「つまり、無関係とは言わないんだ」
返事はない。
代わりに、男の右手がわずかに動いた。
「カナン!」
湊が叫ぶのと同時に、カナンが手首を叩き落とした。
指の間から、小さな毒針が石床へ転がる。
「ちっ」
初めて番頭が舌打ちした。
「あぶな」
湊が呟く。
「まだ喋らせる」
カナンの声は低い。
リゼリアは表情を変えなかった。
だが瞳の色だけが冷えている。
「死なせません。まだ聞くことがあります」
番頭は数秒黙り、観念したように息を吐いた。
「……北から来る荷には、青い鷹の印が付く。王都ではその荷を通すための者がいる。宮廷にも、商会にも」
「宮廷にも」
リゼリアが繰り返す。
「はい。高い塔の近くにも、低い帳場の裏にも」
王城の高い塔。
誰を示す比喩なのかは、言わなくても分かる。
それでも決定打にはならない。
あまりにも大きい相手の名は、証拠なしに触れればこちらが焼ける。
湊は机の上の帳簿へ視線を落とした。
まだ足りない。
でも、輪郭は見えた。
青鷹は噂ではない。
王都のあちこちへ根を張った網だ。
そして、その網は確実に王城の近くまで届いている。
湊は机の上の証拠を見下ろした。
見えた。
だが、見せられたのかもしれない。
その区別だけが、まだつかなかった。
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