第35話 第二王子の宴
青い鷹の印が押収荷から見つかった翌日、王城に一通の招待状が届いた。
差出人は、第二王子ガルド・ルーメリア。
「嫌な予感しかしない」
湊がそう言うと、リゼリアは即答した。
「わたくしもです」
「意見一致だ」
「ですが、行かないという選択肢もありません」
リゼリアは静かに付け足した。
「父王陛下の御不例を理由に、最近は兄上がこういう場を“王家の代表”として仕切ることが増えています。欠席すれば、そのまま発言権を渡す形になります」
そう言って差し出された招待状は、必要以上に上質な紙へ金の縁取りが入っていた。
文面は丁寧そのものだ。
最近の王都改革を祝う小規模な晩餐会。妹とその客人にも、ぜひ気楽に顔を出してほしい。
気楽、の時点で信用できない。
それでも夜になると、湊は先日の舞踏会のときと似た黒基調の礼装へ着替えさせられ、リゼリアと共に会場へ向かうことになった。
カナンも護衛として同行する。
会場へ入る直前、リゼリアは当然の顔で湊の左腕へ指先を添えた。
公務用の同伴を示す距離だと分かるのに、視線はそれだけで一段濃くなる。
すると反対側へカナンが半歩寄った。
護衛の位置取りと言い張れる絶妙な距離だが、結果として湊の左右はきれいに塞がれた。
ガルドの私的な宴に使われたのは、王城北棟の中広間だった。
規模は舞踏会より小さい。
そのぶん、視線が濃い。
会場奥では、白髪混じりの老官僚が静かに杯を傾けていた。
宰相補佐ベルノルト。
王城では珍しく、どの派閥にも深く肩入れしない“中立顔”で通っている男だ。
「ようこそ、第三王女殿下。ミナト殿も」
彼は柔らかな声で会釈した。
「今宵はどうか、王家の皆さまが穏やかに同席できますよう」
言葉だけ聞けば何の癖もない。
だが、誰の肩も持たないようでいて、誰がどこへ立つかをよく見ている目だった。
扉をくぐった瞬間、湊は違和感を覚えた。
「……なんか、落ち着かない」
「会場のせいですか?」
リゼリアが小声で訊く。
「うん」
豪奢な絨毯、銀食器、磨かれた柱。
見た目は何の問題もない。
だが、照明石の位置と壁際の結界石が妙だった。
人が自然に立ち止まる場所へ、妙に音を吸う薄い膜が張られている。
逆に出入口付近だけは、騎士が動きやすいよう無駄に空いていた。
「会話を切り分けてる」
湊が呟く。
「何?」
とカナン。
「この会場、話す相手を分断しやすい作りになってる。あと、警備も宴会仕様じゃない」
壁際の騎士たちは儀礼服を着ている。
だが腰の剣は飾りではなく、室内戦向きの短めの実戦仕様だった。
マントの留め具も、すぐ外せる位置にある。
「……よくそこまで見るな」
カナンが呆れたように言う。
「舞台と会場って、事故らないように先に“悪い動き”想定するから」
実際、この広間は誰かをもてなすためというより、誰かの反応を観察するために整えられているように見えた。
そこへ、柔らかな声が届く。
「楽しんでいるかい、ミナト殿」
ガルドだった。
濃紺の上着には、相変わらず装飾が多い。
だが本人の所作が整っているせいで、下品さまでは落ちていない。
むしろその“足しすぎているのに崩れない感じ”が余計に厄介だ。
「それなりに」
湊が答える。
「それはよかった。最近は君の話題ばかりだからね。門を改め、荷車まで直したとか」
「壊れてたんで」
ガルドは微笑む。
目だけが笑っていない。
「君は、本当に物を見るのが好きらしい」
「見たら分かることが多いんで」
「羨ましい才能だ。私はどちらかといえば、人を見る方が得意でね」
その言い方に、背筋が少し冷えた。
隣でリゼリアの表情もわずかに硬くなる。
ガルドはそれに気づいていて、気づかないふりをした。
「改革は結構。だが、国を動かすのは道具だけではない。帳簿、噂、宴、婚姻、借款……剣を抜く前に勝負が決まることもある」
「でしょうね」
湊は答えた。
「だから会場の出口、あんなに広く取ってるんでしょ」
一瞬だけ、ガルドの目が細くなる。
「ほう?」
「人を逃がすためじゃない。動かすため。騎士がすぐ割って入れるし、壁の結界も会話単位で切れる」
その沈黙は短かった。
だが、十分だった。
ガルドはすぐに笑みを戻す。
「やはり面白いな、君は」
「褒め言葉として受け取っときます」
「そうするといい」
会話だけ見れば和やかだ。
だが湊は、はっきり理解した。
この男は剣で前へ出るタイプじゃない。
配置、手順、立場、空気。
そういう見えにくいものを積み上げて相手を追い詰める。
つまり、面倒くさい。
めちゃくちゃ面倒くさい。
宴の後半、ガルドは別の貴族たちへ囲まれていった。
その背を見送りながら、湊は小さく息を吐く。
「分かった」
「何がです?」
リゼリアが訊く。
「兄上は、正面から殴ってくる人じゃない。会場の組み方からして、勝負の場所を最初に決めるタイプ」
カナンが鼻を鳴らした。
「今さらだな」
「いや、分かってたけど、想像より性格悪かった」
リゼリアがほんの少しだけ笑いそうになり、すぐ表情を戻す。
「その評価は、だいたい正しいです」
宴が終わりへ近づく頃には、湊は一つ確信していた。
青い鷹の荷も、帳簿の不自然さも、こういう男の好みに合いすぎている。
まだ証拠はない。
だが、もし背後にいるなら、ガルドは絶対に“直接手を汚さない位置”にいる。
そして、そういう相手ほど厄介だ。
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