第34話 密輸の印
東門で押収した荷箱は、その日のうちに王城外縁の倉庫へ運び込まれた。
塩袋、薬包、未申告の銀貨。
それだけでも十分に問題だったが、湊の意識は箱の底に焼かれた青い印へ向いていた。
「これ、何」
灯りの下で箱を傾けると、鷹を横から見たような紋が浮かぶ。
翼を畳み、嘴だけがやけに鋭い。
カナンはそれを見た瞬間、明らかに目つきを変えた。
「北の国境で見たことがある」
「グランゼル?」
リゼリアが問う。
「正規の商会印じゃない。北の国境で、表に出せない荷の符牒として見たことがある。誰の庇護下にあるかの目印だ」
湊は箱の側板を指でなぞった。
焼き印は新しくない。上から別の商会印で隠そうとした跡まである。
「一回隠してるのに、消しきれてない」
「急いで積み替えたのでしょうか」
リゼリアが言う。
「それもあるかも。でも、向こうはもっと雑に扱える荷だと思ってた気がする」
箱を開け、板の厚みを見比べる。
すると、箱ごとに木の種類は違うのに、寸法の取り方と釘の打ち込み角が妙に揃っていた。
「これ、同じ工房だ」
「箱が?」
カナンが怪訝そうに眉を寄せる。
「うん。木材は違っても作り方の癖は残る。釘の逃がし方、持ち手穴の位置、底板の重ね。全部一緒」
つまり、複数の荷主を装っていても、実際には同じ手元でまとめられている。
しかも、その箱にだけ青い鷹が入る。
単独犯の密輸ではない。
仕組みだ。
さらに底板を外すと、二重底の内側から小さな革袋が出てきた。
中に入っていたのは、見慣れない銀貨と、硬い鉄片だった。
「何これ」
カナンが一枚摘み上げる。
「グランゼル帝国の辺境貨だ」
リゼリアの表情が引き締まる。
「そんなものが、なぜ王都へ」
「正規交易じゃ流れにくいはずだね」
湊は鉄片をひっくり返した。
「こっちは……部品?」
細長いそれには規則正しい溝が刻まれている。
武具に詳しくない湊でも、何かの規格品だとは分かった。
カナンが受け取り、しばらく見たあと低く言った。
「軍用弩の留め金に近い」
「軍用?」
「正規兵向けの量産部品だ。民間にはまず流れない」
倉庫の空気が重くなる。
ただの塩や薬の横流しでは済まない。
軍需に近い何かまで、同じ流れで動いている。
そのとき、押収荷を運んできた門兵の一人が、おずおずと声を上げた。
「あの、殿下。東門だけじゃなく、南の河港でも似た箱を見たことがあります」
「本当ですか」
リゼリアが向き直る。
「はい。ただ、そのときは表の商会印しか見えず……」
「記録は?」
と湊が訊く。
「残っているはずです」
湊は箱の列を見渡した。
青い鷹の入った箱は、今ここにあるものだけではない。
おそらく王都の中を、もっと前から行き来していた。
「点じゃないな」
「ええ」
リゼリアが答える。
「これまで表へ出なかっただけで、線になっていたのでしょう」
カナンは箱の印を見つめたまま、ぽつりと呟いた。
「国境の傭兵たちは、これを見たら詮索をやめる。“青い鷹の荷には触るな”ってな」
「そんなに有名なの?」
「有名というより、面倒なんだ。背後にいる連中が」
湊は軽く息を吐いた。
嫌な話ほど、道具を見ると妙に具体的になる。
箱の寸法、焼き印の深さ、隠し底の精度。
全部が“慣れている”。
この王都で起きている密輸は、運よく儲けようとした商人の思いつきなんかじゃない。
何度も繰り返され、失敗も織り込まれた仕組みだ。
倉庫を出る前、湊は印の写しを紙へ取った。
炭で輪郭を拾い、寸法を書き込み、釘の位置まで記す。
「また出る」
「出たら?」
カナンが訊く。
「次は箱だけじゃなく、流れごと掴む」
その答えに、リゼリアが静かに頷いた。
そしてその夜、王城の別棟では、青い鷹の荷が押収されたという報告が、ガルドのもとへも届いていた。
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