第32話 偽通行証の罠
抜き打ちの物流検査を始めた翌朝、王都東門は早くも大混乱だった。
「ふざけるな、日が暮れるぞ!」
「正規の印だって昨日も見せた!」
「なんでうちだけ止められるんだ!」
荷馬車が列をなし、怒鳴り声が飛び交う。
門兵たちも必死だが、明らかに捌き切れていない。
「最悪だな」
と湊が言うと、横のカナンが短く返した。
「止めろと言ったのはお前だ」
「怪しいのを止めろとは言った。まともな荷だけ詰まらせろとは言ってない」
リゼリアは既に門兵長から状況を聞いていた。
検査を強化した途端、なぜか正規商人の荷ばかりが引っかかり、逆に“怪しいはずの荷”は驚くほど滑らかに通ってしまうのだという。
「だから申し上げたのです」
門脇にいた若い検査官が、聞こえるように鼻を鳴らした。
「異邦人の思いつきで検査基準を増やせば、まともな荷から干上がると」
湊は一度だけそちらを見る。
「じゃあ聞くけど、まともな荷ってどれ」
検査官は答えず、気まずそうに視線を逸らした。
「通行証に問題がありますか」
リゼリアが問う。
門兵長は苦い顔をした。
「検査灯は通しているのです。ですが、あとから確認すると帳簿の辻褄が合わない」
「つまり、門は騙せてるってことか」
湊は門脇の検査台へ向かった。
そこには通行証を照らす青白い検査灯と、印章の真贋を読む小型結晶板が置かれている。
王都へ来たばかりの頃ならただの魔道具に見えただろうが、今は違う。
視界に、流れの筋が浮かぶ。
最初に止められていた野菜商人の札は、何の問題もない。
紙質も、印章の圧も、流路も自然だ。
次に、あっさり通りかけていた荷馬車の札を借りた。
「ちょっと見せて」
荷主の男が露骨に顔をこわばらせる。
それだけで怪しい。
札を持った瞬間、湊は眉をひそめた。
「……ああ、そういうこと」
一見すると正規印だ。
だが、表面の印章とは別に、紙の繊維へ極薄の銀粉流路が埋め込まれている。
検査灯が当たると、そちらが一瞬だけ先に反応し、“本物に見える結果”を結晶板へ返す仕組みだった。
「偽造通行証だ」
門兵長が目を見開く。
「なんですと?」
「印章を偽造してるんじゃない。検査機の方を先に騙してる」
湊は水差しから少しだけ水を垂らし、札の表面を薄く濡らした。
さらに炭粉を指で軽く擦る。
すると、見えなかった二本目の紋が紙の奥から浮かび上がった。
群衆がどよめく。
「二重印だ……」
「なんだそれ」
荷主の男が踵を返して逃げた。
「カナン!」
言い終わる前に、赤茶の影が飛んでいた。
荷車の屋根を蹴り、門柱を踏み、次の瞬間には男を地面へ叩き伏せている。
悲鳴一つで片がついた。
「逃げるから黒だ」
カナンが淡々と言う。
荷車を改めると、中から出てきたのは申告よりはるかに多い塩袋と薬包、それに小箱に分けられた銀貨だった。
しかも荷の底板は二重になっており、隠し間には別の札束まで仕込まれている。
門兵たちの顔色が変わった。
止めていた商人たちからは、怒りより先に困惑が広がる。
「じゃあ、今まで通ってた怪しい荷って」
「全部この手かもしれねえのか」
「全部とは言わないけど、かなりあると思う」
湊は偽造札を掲げた。
「検査灯だけ信じるのやめよう。印章の圧、紙の毛羽立ち、端の摩耗、そこも見れば引っかかる」
そこで湊の目が、さきほどの検査官の親指に付いた銀の粉を捉えた。
偽造札の繊維へ埋め込まれていたものと同じ色だ。
「……ちょっと待って」
湊は検査官の前へ歩み寄る。
「あんた、その札を何枚触った?」
「な、何を」
「指に同じ粉が付いてる」
門兵長がぎろりと検査官を睨む。
湊はそのまま検査卓の引き出しを指した。
「中、見せて」
「関係ありません!」
答えが早すぎた。
門兵長が自ら引き出しを開ける。
中から出てきたのは、未使用の通行札数枚と、小袋に分けられた銀貨だった。
群衆のざわめきが、今度は笑い混じりに変わる。
「おいおい、門番が売ってたのかよ」
「まともな荷から干上がる、じゃなくて自分が太ってただけじゃねえか」
検査官の顔が一気に白くなる。
「ち、違う! これは証拠品で――」
「証拠品を袖に入れるのが門の規則ですか」
リゼリアの声が冷たく落ちる。
門兵長はもう容赦しなかった。
「拘束しろ」
若い検査官はその場で膝をつき、見苦しく言い訳を始めたが、もう誰も聞いていなかった。
騒ぎが収まると、門兵長は湊へ向き直った。
「先ほどの検査方法、教えていただきたい」
「いいよ。簡易検査の順番、紙に書く」
その場で湊は門兵用の確認手順を作り始めた。
濡らす位置、光に透かす角度、指でなぞる縁、印章圧の見る場所。
魔道具頼みだった検査が、一気に“現場の目”へ寄っていく。
リゼリアはその様子を見ながら、小さく息を吐いた。
「通行証そのものが罠でしたか」
「うん。しかも、これ作ったやつ、門の検査手順まで知ってる」
つまり外からの密輸だけではない。
王都の中に、仕組みを知る人間がいる。
検査の終わり際。
押収した荷箱の一つを裏返した湊は、底板の木目の奥に奇妙な焼き印を見つけた。
青い鷹。
薄く、だがはっきりと刻まれていた。
「……また変なの出たな」
カナンの目が、一瞬だけ険しく細まる。
「それ、見せろ」
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