第31話 黒字にならない商会
地方視察の成果が王都へ戻ってきてから、リゼリアの執務室に集まる報告書の束は明らかに厚みを増していた。
「東街道の通行量、増加」
「南穀倉の損耗率、改善」
「地方からの入荷、先月比で上向き」
読み上げられる数字だけを見れば、状況は確実によくなっている。
なのに、最後に出てきた財務報告だけが妙に冴えなかった。
「税収の伸びが、弱いですね」
リゼリアが眉を寄せる。
向かいに座る年配の財務官も、困ったように咳払いをした。
「交易量は増えております。ですが、商会側の申告では道中損耗と護送費の増加で、利益自体はさほど伸びていないと」
「いや、それ変じゃない?」
湊が口を挟むと、財務官が少しだけむっとした顔をした。
だが、リゼリアはすぐ視線で続きを促してくる。
「だって、東街道の関所は直した。橋も補強した。荷車も前より速くなってる。損耗が増える理由、むしろ減ってる側でしょ」
「申告上は、盗難と破損、護衛増強費が」
「全部、きれいすぎる」
自分でも変な言い方だと思ったが、感覚としてはそれがいちばん近かった。
湊は差し出された帳簿をめくる。
数字の並びは整っている。無駄がない。誤差も少ない。
少なすぎる。
「現場って、こんなに揃わないんだよ」
「揃わない?」
リゼリアが訊く。
「展示設営でも物流でもそうだけど、現場の損耗ってもっと汚い。荷が一つ壊れたら、紐も切れるし、木箱も傷むし、時間も押す。帳簿上だけ綺麗に“何割損耗”で収まる方がおかしい」
財務官が反論しかけた。
だが湊は、三冊の帳簿を並べて同じ箇所を指で叩く。
「これ。東街道、南街道、西の河港便。全部、損耗率が小数点まで同じ」
室内の空気が一度止まった。
財務官が慌てて帳簿を覗き込む。
「まさか」
「しかも改善後の東街道だけ、関所通行量は増えてるのに利益率が横ばい。なら、どっかで金が消えてる」
カナンが壁際で腕を組んだまま言う。
「盗まれてる、ってことか」
「たぶんね。でも荷物そのものだけじゃない。数字の方も」
湊はさらに帳簿をめくった。
主要商会の名前が並ぶ中で、特に不自然なのは三つ。
どこも字面は違うのに、計上の癖が同じだった。端数の処理、破損理由の並べ方、赤字項目の入れ方まで似すぎている。
「これ、別の商会の帳簿に見えて、たぶん同じところで手ぇ入ってる」
「同じ書記、あるいは同じ指示役、ですか」
リゼリアが低く言った。
「うん。少なくとも、現場の商人がそれぞれ自由に書いた数字じゃない」
財務官の顔色が変わる。
「では、王都へ上がってくる前に帳簿が整理されていると?」
「整理っていうか、きれいにされてる」
湊は息を吐いた。
嫌な類の整い方だった。
壊れた現場を直すときにも、たまにこういう痕跡を見る。雑に壊れているより厄介な、意図して誤魔化された形だ。
リゼリアは少し考え、すぐ決断した。
「要約帳簿ではなく、関所ごとの原票と、商会の納入控えを集めてください。特に東街道を使っている大手から」
財務官が姿勢を正す。
「承知いたしました」
「あと、抜き打ちで倉庫も見たい」
湊が言う。
「帳簿の数字だけ見ても足りない。木箱の傷み方とか、車輪の摩耗とか、倉庫の床の擦れ方とか、現物なら嘘つけないから」
カナンが鼻を鳴らした。
「相変わらず、見るところが細かいな」
「細かいんじゃなくて、誤魔化せないところが好きなんだよ」
その日の夕方。
原票と控えが運び込まれ、湊は執務室の床にまで紙を広げることになった。
見比べれば見比べるほど、違和感は確信へ変わる。
関所で記録された通行量と、王都へ上がってきた納入量が噛み合わない。
だが、噛み合わないぶんが、都合よく複数の商会へ薄く散らされている。
「これ、偶然じゃない」
リゼリアが静かに頷いた。
「はい」
湊は原票の一枚を持ち上げる。
そこには、最近急に伸び始めた大手の名があった。
「まずは、この商会から見よう」
紙の上に記された名前を、三人で見下ろす。
ベルク商会。
王都でもっとも顔の広い物流商会の一つだった。
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