第29話 王女への歓声
東街道視察の最後に、一行はベルノ近郊の広場へ集まった。
関所の修復、用水路の再開通、水車の再稼働、橋と荷車の規格統一。
短期間とはいえ、目に見える変化がいくつも重なった地域だ。
もともとは小さな物資引き渡しの場にする予定だったらしい。
だが気づけば、周辺の村や町から人が集まり、簡単な集会のような形になっていた。
「増えすぎじゃない?」
湊が広場を見回す。
「噂が先に走ったのでしょう」
リゼリアが苦笑する。
「いい噂?」
「今のところは」
即答に少し笑った。
広場の中央には、木箱を積んだだけの簡素な壇が作られている。
その周囲に、農民、商人、職人、元兵士、子どもまで混じっていた。皆、王族を見るというより、自分たちの生活がどうなるのかを確かめに来ている目だ。
リゼリアは壇へ上がる前、ほんの一瞬だけ深呼吸した。
湊が気づいて言う。
「緊張してる?」
「少し」
「王女なのに?」
「王女だからです」
舞踏会の時と同じ返しに、湊は小さく笑う。
リゼリアも少しだけ口元を緩めた。
壇へ上がると、ざわめきが静まる。
風が吹き、旗布が鳴った。
リゼリアは民の顔を一人一人見るようにしてから、口を開いた。
「ルーメリア王国第三王女、リゼリア・ルーメリアです」
気取った前置きはなかった。
「このたびの視察で、わたくしは改めて知りました。皆さんが日々、どれほど厳しい中で生き、働き、耐えてきたかを」
広場は静まり返っている。
「関所が止まり、道が詰まり、水が枯れ、夜には獣が来る。それでも暮らしを投げずに守ってきたのは、ここにいる皆さんです」
農民の老夫婦が顔を見合わせる。
若い荷運び人が、帽子のつばを強く握る。
「王都にいるだけでは見えないことが、たくさんありました」
そこでリゼリアは、一度だけ言葉を切った。
「ですが、だからといって、諦める理由にはなりません」
声が、少しだけ強くなる。
「この国は、まだ立て直せます」
ざわ、と人波が揺れた。
「水は戻せる。道は繋げられる。備えは作れる。壊れたものは、直せます」
その言葉に、湊は胸の奥が少し熱くなるのを感じた。
自分が言ったこと、やったことが、ちゃんと王女の言葉として国へ返されている。
リゼリアは続けた。
「王都だけではなく、地方も含めて、この国をもう一度立たせます。わたくしは、そのために動きます」
王家の宣言としては、かなり踏み込んでいた。
反発もあるだろう。ガルド派は面白く思わないはずだ。
だが、ここで必要なのは綺麗な安全策ではなく、信じられる言葉だ。
最初の拍手は、小さかった。
前列にいた村の女が、ためらいがちに両手を打った。
続いて、元兵士の一人が。
荷車隊の隊長が。
次の瞬間、拍手は広場全体へ広がっていた。
「殿下!」
誰かが叫ぶ。
「リゼリア殿下!」
今度は一人ではない。
何人もの声が重なって、歓声になる。
「殿下、ありがとう!」
「また来てくれ!」
「今度はうちの村にも!」
王都の儀礼拍手ではない。
生活を見てもらえた人間の声だ。
リゼリアは一瞬だけ息を呑み、それから深く頭を下げた。
その姿を見て、湊は思う。
この人は、たぶん“人気”を取るためにこうしているんじゃない。
必要だから来て、必要だから言っている。
だから声が返ってくる。
壇を降りたあと、リゼリアは少しだけ放心したように笑った。
「……こんなこと、初めてです」
「良かったじゃん」
「ええ。でも」
「でも?」
「これで、もう後戻りはできません」
たしかにそうだ。
民の前で言ってしまった以上、彼女は本当に国を立て直す側へ立った。
中途半端には引けない。
湊は肩をすくめる。
「最初からそのつもりで来たでしょ」
リゼリアは少しだけ笑い、はっきり頷いた。
「はい」
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