第28話 兵站の道
ベルノで水車を直したあと、一行は東街道沿いの複数の町を巡った。
そこで湊が痛感したのは、武器より食糧より、そもそも“運べない”ことの重さだった。
村で穫れたものが町へ届かない。
町で作ったものが王都へ届かない。
兵がいても、物資が遅れて動けない。
兵站が死ねば、国は静かに死ぬ。
「道路だけじゃないんだよな……」
荷車修理場で、湊は車輪を外しながら呟いた。
軸の太さがバラバラ。
車輪径もまちまち。
橋の幅は場所ごとに違う。
これでは一か所壊れるたびに、その場しのぎの修理になる。
「つまり?」
リゼリアが訊く。
「規格がない」
「……やはりそこへ行き着きますか」
「全部そこ。槍もそうだったけど、揃ってないと量が死ぬ」
湊は荷車の車軸を二種類に絞る案を出した。
街道主力用と、細道支線用。
さらに橋梁の補強材寸法を統一し、応急修理用の木材をどの町でも共通で切り出せるようにする。
地味だ。
剣や魔道具のような華やかさはない。
だが、こういうところが一番効く。
「兵士は腹が減れば戦えないし、荷が来なければ町は痩せる」
湊が言う。
「結局、国の血流なんだよ。道と荷車って」
リゼリアはその表現を気に入ったらしく、何度か小さく繰り返した。
「国の、血流……」
まず手を入れたのは、小さな橋だった。
東街道の支線にかかる木橋で、荷重を嫌って荷車が毎回遠回りしていた場所だ。橋板はまだ使える。問題は桁を支える補強材の位置が悪く、重みを一点で受けていること。
「そこに渡し板入れて、荷重を散らす」
「だけで?」
随員の役人が怪訝そうに言う。
「だけで」
実際、やってみるとそれだけで橋の軋みはかなり減った。
荷車の通行速度も上がる。
次に、荷車そのものだ。
湊は各地の荷車を見比べ、傷みやすい箇所を洗い出した。
とくに車軸と軸受け。そこに規格のない修理が入るから、壊れては直し、直しては別の箇所が死ぬ悪循環になっていた。
「軸はこの太さに揃える。軸受けも共通寸法。代わりにどの町でも修理できる」
町の車大工が顔をしかめる。
「だが、それだと今ある荷車の半分は作り直しだ」
「全部じゃない。変換用の継ぎ部品作る」
「変換?」
「規格が違う車輪でも、しばらくは繋げる逃がし。いきなり全部変えたら現場が死ぬ」
それを聞いた車大工の顔が変わった。
理想だけではなく、現場が回るやり方を示したからだ。
数日後、試験運行の日が来る。
王都行きの荷車隊に、湊が手を入れた改良車軸型を混ぜ、橋と街道補修を終えた区間を一気に走らせる。
「どのくらい縮むと思う?」
湊が訊く。
「半日」
カナンが適当に言う。
「雑だな」
結果は、従来より四刻以上、王都への到着が早まっていた。
しかも故障はゼロ。
荷車隊の隊長が、信じられない顔で帳面を見直す。
「……同じ道だぞ」
「同じ道だけど、詰まる場所減ったから」
「途中修理もしていない」
「それが大きい」
隊長はやがて大きく息を吐き、深く頭を下げた。
「殿下。これが広まれば、王都への納品量も、地方への兵糧輸送も変わります」
リゼリアは静かに頷く。
「広めます」
その返答は、もう決意というより実務命令に近かった。
その夜、宿場町で簡単な祝杯が上がる。
派手さはない。だが、商人も車大工も兵も、皆の顔が明るい。
「荷車なんて地味だと思ってた」
若い商人が笑う。
「けど、動くと本当に違うんだな」
湊は杯を持ちながら思う。
剣一本で勝つ物語も嫌いじゃない。
でも、小国を救うなら、たぶんこういう地味な勝ちの積み重ねの方がずっと強い。
リゼリアが隣で小さく言った。
「王都と地方が、少しだけ近くなりました」
「うん。道がつながると、人も動きやすくなるから」
その言葉どおり、翌朝には王都へ向かう荷車と、地方へ向かう荷車の流れが、目に見えて太くなっていた。
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