第22話 壊れた関所
王都から半日の位置にある東第一関所は、到着した時点で嫌な雰囲気が漂っていた。
荷車の列が長く伸び、商人たちの顔には苛立ちが浮かんでいる。
門は半分しか開かず、兵士たちは動きが重い。にもかかわらず、通行税の徴収だけは妙に時間をかけていた。
「止めすぎだろ、これ」
湊が呟く。
「わざとでしょうね」
リゼリアが低く返す。
視察一行が正体を明かすと、関所役人は露骨に青ざめた。
「で、殿下! これはその、門の機構が故障しておりまして」
「いつからです」
「三週間ほど前から」
「修繕申請は?」
「出しております」
そう答える声が、妙に上ずっている。
湊は門へ近づいた。
厚い木扉に鉄帯を打った、昔ながらの跳ね上げ式機構。構造自体は単純だが、滑車とカウンターウェイトの噛み合わせがひどい。いや、ひどいというより、人為的に一部が狂わされていた。
「壊れてるっていうか、殺されてる」
「殺されてる?」
カナンが聞き返す。
「滑車の芯棒、わざと曲げてある。これじゃ重くなるし、開閉遅れる」
役人が慌てる。
「そ、そんなはずは!」
「あるよ」
湊は脚立代わりに荷箱へ上がり、機構を覗き込んだ。
芯棒の摩耗方向が片側だけ不自然だ。さらにワイヤの擦れ具合から、最近になって強引に力をかけた跡まである。
「カナン、ちょっとここ持って」
「高いぞ」
「届くでしょ」
「まあな」
S級冒険者は本当に便利だ。
カナンが軽々と扉の横梁へ飛び上がり、湊の指示した位置を押さえる。湊は芯棒を抜き、わずかに曲がった部分を確認して舌打ちした。
「門を遅くして荷を詰まらせる。そうすると?」
「商人が困る」
リゼリアが言う。
「で、急ぎの荷は?」
「裏で金を払って先に通す」
そこで兵務官出身の随員が顔色を変えた。
「……通行税の不正徴収か」
湊は頷き、役人の帳場を見る。
案の定、金額札の置き方が不自然だった。正規の税額表より、手書きの追加徴収札の方が目立つ位置にある。
「帳簿見せて」
「こ、これは関所の内部資料で――」
「見せなさい」
リゼリアの声が鋭く飛ぶ。
帳簿が出される。
数字は一見きれいだが、湊には違和感があった。
「この墨、日付ごとに乾き方が違う」
「そこまで分かるのか?」
カナンが呆れる。
「倉庫の納品書でも似たような改竄見るからね」
まとめて書き足された行。
後から消された痕。
そして、徴収額が多いはずの日だけ、荷車通過数が逆に少ない。
「追加徴収した金、帳簿から落としてる」
リゼリアはすぐさま関所兵を二手に分けた。
「帳場、倉庫、居室を確認。現金と通行札を照合しなさい」
結果は早かった。
居室の床下から、未記載の銀貨袋が三つ。
別室から、裏取引用の木札と私的印章。
関所長は膝から崩れ落ちた。
「違う、これは……皆やっていることです!」
「だから許されると?」
リゼリアが冷たく言う。
湊はその横で、外した芯棒を新しいものへ差し替えていく。現地の鍛冶屋から借りた鉄棒を削り、磨き、油を差す。応急ではあるが、今のままよりはずっとましだ。
「よし、引いて」
兵士が綱を引く。
ぎ、と一瞬軋んだあと、止まりかけていた門がするすると上がった。
長く詰まっていた荷車列から、どよめきが起きる。
商人の一人が思わず叫んだ。
「開いた!」
「やっと通れる……!」
その声を聞きながら、湊は帳場の前に立った。
「門ってさ、開くだけで人の流れ全部変わるんだよ」
リゼリアが頷く。
「だから、ここを詰まらせていたのですね」
関所長はその場で罷免。
取り巻きの役人も拘束された。
夕方には、荷車の列は目に見えて短くなっていた。
出発前、年配の商人が帽子を取って頭を下げる。
「殿下。本当に、来てくださったんですな」
その一言に、リゼリアは少しだけ目を伏せた。
王族が現地へ来ること自体、珍しかったのだろう。
馬車へ戻る途中、湊は笑う。
「いきなり大当たりだね」
「ええ」
リゼリアが苦く笑った。
「そして、たぶんこれで終わりではありません」
その予感は、次の村であっさり的中することになる。
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