第21話 王都を出る理由
収穫祈念祭の一件で、王都の空気は確かに変わった。
リゼリアを見る目は増えたし、湊を露骨に無視する人間も減った。
けれど、王城の窓から見下ろす町は、たった数日の勝利でまるごと立ち直るほど甘くはない。
執務室の机に広げられた報告書を前に、湊はため息をついた。
「王都の数字は少し戻ってる。でも地方、ひどいね」
「ええ」
リゼリアが頷く。
「街道閉塞、関所の不正徴収、村の離散、備蓄不足。王都へ届く時には、少し丸められた数字でこれです」
つまり実態はもっと悪い。
カナンが壁際で腕を組む。
「王都が少し良くなった程度で喜んでいる余裕はない、ということだ」
「うん。水利盤直したのに、肝心の村へ水が届く前で詰まってたら意味ない」
「だから視察に出ます」
リゼリアの決断は早かった。
その言葉に、執務室の空気が一瞬止まる。
同席していた書記官が慌てて口を開いた。
「お、お待ちください殿下。いま王都で勢いが出てきたところです。ここで地方へ出れば、また政敵に――」
「だからこそ出ます」
リゼリアは静かに言った。
「王都だけ整えても、この国は持ちません。いま必要なのは“第三王女は王城で声を張るだけではない”と、地方に見せることです」
反論の余地がない。
湊は地図の上へ指を置いた。
「最優先はどこ?」
「東街道沿いのラインです」
リゼリアが示す。
「王都から最も近く、物流と農地の両方に関わる。ここが死ねば、王都再建の成果も続きません」
「じゃあ決まりだ」
「ずいぶん乗り気ですね」
「現場見た方が早いから」
王都の会議は嫌いじゃない。
だが、湊にとって答えが出るのはたいてい現場だ。
壊れているものの前では、言い訳より構造の方が雄弁だから。
出立の話が決まると、案の定、ガルド派はすぐに噛みついてきた。
「王女の人気取り巡行だ」
「異邦人を連れて地方へ見世物に出る気か」
「王都が安定したのは技師団の努力であって、殿下の功ではない」
耳に入る陰口は、もはや様式美ですらあった。
湊が苦笑すると、カナンが言う。
「気にするな。あいつらは姫様が何もしなくても叩く」
「ひどい話だ」
「そうだな」
出発前夜、湊は工房で必要道具を選り分けていた。
ノギス、楔、折り畳み鋸、麻紐、刻み棒、油紙、簡易測量具。異世界地方視察なのに、やっていることは出張職人そのものだ。
そこへリゼリアがやってくる。
護衛を下げ、珍しく一人だった。
「眠れますか」
「たぶん普通に寝る。王女様の方が寝れてなさそう」
リゼリアは否定しなかった。
「地方へ出るたび、痛感するのです。王都で見ている数字が、どれほど削ぎ落とされたものか」
「怖い?」
「怖いです」
即答だった。
けれど、そのあとに続く言葉はもっと強かった。
「ですが、怖いから行かないでいたら、誰かが苦しいままです」
湊は工具箱の蓋を閉じた。
「分かった。じゃあ行こう。王都で直したものが、ちゃんと国に繋がるか確かめに」
リゼリアは小さく頷く。
翌朝。
第三王女の視察一行は、最小限の供回りで王都を出た。
馬車の車輪が城門を越える瞬間、湊は振り返る。
整い始めた王都の石壁が、朝日に光っていた。
だが、これから向かう先にあるのは、まだその光が届いていない場所だ。
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