第20話 婚約候補の公開失態
バルクス失脚の余波が残る中でも、ガルドの手は止まらなかった。
むしろ露骨になったと言っていい。
王都中央広場で開かれる収穫祈念祭の席で、第三王女リゼリアと“友好的な貴族家”との縁談を匂わせる演説が行われるという噂が流れ始めたのだ。
相手はヴァルメン侯爵家の嫡男、セリオス。
舞踏会でも一度、リゼリアを値踏みするような視線を向けていた男だった。
「分かりやすいな」
湊が言う。
「兄上は、わたくしへ選択肢がないように見せたいのでしょう」
リゼリアが返す。
「で、どうする」
「正面から潰します」
その言い方が実に王女らしくなかったが、湊は嫌いじゃなかった。
収穫祈念祭当日。
中央広場には仮設舞台が組まれ、貴族や商人、市民が集まっていた。
式典開始前、湊は舞台の下見を兼ねて支柱や演台の組み方をひととおり見て回っている。
舞台を一目見た瞬間、湊の頭に職業スイッチが入る。
支柱の位置、幕の落ち方、荷重のかかり方、照明石の吊り位置。
そして、不自然に頑丈すぎる演台。
「あれ、隠し箱あるな」
「分かるのか?」
カナンが呆れ半分で訊く。
「舞台屋なめんな。見せたいものより、隠したいものの方が構造に出る」
式典が始まり、予定どおりセリオスが舞台へ上がった。
金糸を織り込んだ派手な礼装、やたら装飾の多い剣、磨かれすぎた笑顔。いかにも“王女の婿候補”を演じている男だ。
「我がヴァルメン侯爵家は、かねてより王家をお支えしてまいりました」
よく通る声で、もっともらしい言葉を並べる。
だが、演説の中身は薄い。
国をどうするかではなく、自分の家がいかにふさわしいかばかりだ。
「第三王女殿下のような高貴な姫には、安定と格式ある後ろ盾が必要です」
わざとらしく、リゼリアの方を見る。
「異邦の流れ者に惑わされるような一時の気まぐれではなく――」
そこで、会場の何人かが湊の方へ視線を向けた。
明らかな当てこすりだ。
湊は舞台袖で小さく舌打ちした。
「うわ、感じ悪い」
「だから潰すんだろう」
カナンが言う。
湊はすでに動いていた。
式典開始前に確認した舞台構造のおかげで、どこを外せば演台正面の飾り板が落ちるか分かっている。もちろん、危険が出ないよう荷重は計算済みだ。
タイミングは、セリオスが自分の“清廉さ”を語った瞬間。
「我が家は常に王国の法と秩序を重んじ――」
かち、と湊が隠し留め具を外す。
次の瞬間、演台正面の装飾板がぱたんと開いた。
中から転がり出たのは、小箱だった。
一つ、二つ、三つ。
箱が開き、中には青い鷹の印が入った通行札、国外商会の印章、未申告の宝石類、そして奇妙な銀貨が詰まっている。
広場が一瞬でざわめいた。
「なっ――!?」
セリオスの顔色が変わる。
湊はその隙を逃さず、舞台へ上がる。
「すみません、演台の重心がおかしかったので確認したら、ずいぶん立派な隠し収納が出てきました」
わざとよく通る声で言う。
市民たちにも聞こえるように。
セリオスが叫ぶ。
「き、貴様の仕業だろう!」
「いや、俺、こんなもん仕込む趣味ないし」
そして湊は、さらに追撃した。
「ついでに言うと、その剣も中身スカスカ。飾りの鞘金具だけで重さ出してるから、抜いたらバランス最悪だよ」
「は……?」
「見せようか」
セリオスが止めるより先に、湊は彼の剣を引き抜いた。
わずかに振るだけで、芯の弱さが分かる。
「ほら。外装だけ豪華で、実戦だと手首持ってかれる」
観衆の一角から、吹き出す声が漏れた。
それをきっかけに、笑いが広がる。
密輸品まで隠していた婚約候補が、見栄だけの剣を提げて王女を語る。
絵としてあまりにも出来すぎていた。
セリオスは真っ赤になって怒鳴る。
「衛兵! この男を――」
「呼ぶのはこちらです」
リゼリアが舞台へ進み出た。
その声に、会場のざわめきがぴたりと止まる。
「未申告品、国外通行札、非登録印章。説明していただきましょう、セリオス卿」
「これは違う、私は知らん!」
「では、なぜあなたの演台から出たのです」
返す言葉がない。
しかも最悪なことに、演台設営を担当した職人の一人が、怯えた顔で名乗り出た。
「その箱は……侯爵家の使いの者に、“絶対触るな”と言われて埋めました」
とどめだった。
広場中の視線が、セリオスへ突き刺さる。
市民も、商人も、貴族たちですら距離を取った。
ガルドは来賓席から一切表情を崩さなかったが、その沈黙が逆に苛立ちを滲ませていた。
セリオスはついに取り乱し、みっともなく喚いた。
「こんなのは罠だ! 私は王女のためを思って――」
「あなたが思っていたのは、王女ではなく自分の出世でしょう」
リゼリアの言葉は静かだった。
だが、広場にいる誰よりも強かった。
その場で衛兵が動き、セリオスは連行される。
貴族の子弟が、公衆の面前でここまで恥をかくことは滅多にない。
湊は舞台袖へ下がりながら、小さく息を吐いた。
「終わった?」
「ええ」
リゼリアが並ぶ。
「見事でした」
「王女様、俺よりだいぶ容赦なかったよ」
「必要な時には」
その横で、カナンが笑いを堪えきれない顔をしていた。
「あの男、剣まで馬鹿にされたのは効いただろうな」
「武器って、本人の見栄に直結するからね」
「性格が悪い」
「褒め言葉?」
「今日はな」
広場ではまだざわめきが続いている。
だが、そのざわめきの質は前とは違った。
第三王女は押し切られるだけの存在ではない。
その隣の異邦人も、ただの飾りではない。
そして、王都のあちこちで、同じ噂が広がり始める。
崖っぷちの小国にも、もしかするとまだ、巻き返す力があるのかもしれない――と。
毎日21時更新予定。お気に入り登録ぜひよろしくお願いします。




