第19話 宮廷技師団長の失脚
武芸披露会の一件で、湊の名は良くも悪くも王宮中へ広まった。
だが、名が広まると必ず湧くものがある。
功績の横取りだ。
数日後、王宮工務局で開かれた定例会議に呼ばれた湊は、開始早々、嫌なものを見た。
壁に掛けられた報告板へ、水利盤修復、穀倉改善、兵装規格見直しの成果が並んでいる。
そして担当欄には、すべてこう書かれていた。
『宮廷技師長バルクス監督のもと実施』
「……あいつ、やると思った」
湊がぼそっと言うと、隣のカナンが低く返す。
「斬るか」
「会議室ではやめて」
バルクスは壇上で、実に堂々としていた。
「第三王女殿下のご支援もあり、我が技師団は旧来の課題を次々解決しております。異邦の知見も参考にはしましたが、王国の技術基盤あってこその成果です」
参考。
便利な言葉だ。
しかも、まるで湊が少し助言した程度の扱いになっている。
リゼリアが静かな声で言った。
「“参考”とは、ずいぶん控えめな表現ですね」
「殿下、ご安心を。実務の細部は専門家に任せるのが一番でございます」
明らかに、王女ごといなすつもりだ。
周囲の官僚たちも、どちらへ乗るか測っている顔をしている。
なら、ここで決めるしかない。
湊は手を挙げた。
「質問」
バルクスが露骨に顔をしかめる。
「会議の礼儀を」
「じゃあ確認。水利盤の補助輪交換記録、十三日前って書いてあるけど、その日って王都南区、豪雨だったよね」
場が止まる。
財務官の一人が書類を見返した。
「……たしかに」
湊は続ける。
「豪雨の日に地下中枢区画の工事って、そもそも許可下りるの? 浸水対策で閉鎖されるんじゃない?」
今度は工務局の若い書記官が慌てて台帳を開く。
「閉鎖、されています」
ざわ、と会議室が揺れた。
バルクスはすぐに言い返す。
「記載のズレでしょう。細かな日付の転記ミスは――」
「じゃあこっち」
湊は持参していたメモを机へ置いた。
「穀倉の改修で使った木材の加工跡。これ、俺が現場で刻んだノミの刃幅と一致してる。でも報告書だと、技師団工房で事前加工したことになってる」
「刃幅など偶然――」
「偶然じゃないよ。欠け癖まで一緒だから」
祖父の下で育った職人舐めんな、と内心で付け足す。
さらに、湊は兵装庫の槍を一本持ち出した。
「これも。規格見直し前の印を削った跡がある。報告では“従来計画に基づく更新”ってなってるけど、従来計画ならこの位置削らない」
バルクスの額に、じわりと汗が浮いた。
「貴様、会議の場で――」
「会議の場だからでしょ」
湊は真っ直ぐ返した。
「現場見てない人ほど、書類だけで持っていこうとする。でも現物には嘘が残る」
リゼリアが机の上の報告書を手に取る。
その声は、冷たいほど落ち着いていた。
「修理履歴の捏造。担当者名の虚偽記載。加えて、改修責任の不適切な集中」
一枚ずつ、静かに机へ戻す。
「バルクス技師長。説明を」
「これは……王宮技術の権威を守るための措置で――」
「権威を守るために、嘘を書いたのですか」
「王国の威信のため!」
「王国ではなく、あなたの威信でしょう」
一刀両断だった。
会議室の空気が完全に変わる。
さっきまで様子見していた役人たちが、一斉に距離を取り始めた。
財務官が咳払いをする。
「この件、監査が必要かと」
兵務官も続く。
「兵装庫案件の扱いも再確認願いたい」
「穀倉も」
「水利盤も」
終わりだ。
バルクスはそこで初めて、自分が切り捨てられる側に回ったことを理解したらしい。
「ま、待て! 私は王宮技術の要だぞ!」
「でしたら、なおさら正しい記録を残すべきでした」
リゼリアが言う。
「本日をもって、工務の一部権限を一時凍結します。監査完了まで、あなたは技師長職を外れていただきます」
「殿下!」
「異議は、正規手続きでどうぞ」
静かな宣告だった。
だが、その静かさが一番効く。
会議後、バルクスは護衛に挟まれて退室した。
濃紺の法衣の背中が、初めて小さく見えた。
残された役人たちは、今度は露骨にリゼリアへ寄ってくる。
「殿下、工務権限の再編についてご相談が」
「次期の予算案を」
「現場監査の人員配置ですが」
さっきまでどこにいた、と思うほどの変わり身だ。
だがリゼリアは呆れも見せず、一つずつ捌いていく。
その輪の少し外で、宰相補佐ベルノルトだけは近づきすぎなかった。
白髪交じりの男は、誰がリゼリアへ寄り、誰がまだガルド側を見ているかを、静かに紙へ書き留めている。
「あの人は?」
湊が小声で聞く。
「ベルノルト殿。宰相補佐です。中立を崩さない方ですね」
中立。
便利な言葉だ、と湊は思った。
さっきの“参考”と同じくらいに。
湊が横で小声で言う。
「王女様、こういうの慣れてるね」
「人は、勝ちそうな方に集まるものです」
「嫌にならない?」
「なります。でも、使えるなら使います」
やはりこの王女は、情に厚いだけではない。
ちゃんと実務で戦える人だ。
その日の夕方、工務局の若手技師たちが自発的にリゼリアの執務室へ顔を出した。
「殿下、もし許されるなら」
「現場主導の改修案に、私たちも参加したいのです」
リゼリアは少しだけ驚いたあと、静かに頷く。
「歓迎します」
敵が一人落ちた。
それだけではない。
王宮の中に、こちら側へ動く人間が生まれ始めた。
その変化は、じわじわと、だが確実に、王城の空気を書き換えていく。
毎日21時更新予定。お気に入り登録ぜひよろしくお願いします。




