第2話 電源の入ったままのスマホ
翌朝になっても、あのスマホは気味が悪かった。
電源を切ったつもりなのに、工房へ入るとまた画面がついていたのだ。
「いや、嘘だろ」
湊は思わず独り言を漏らした。
作業台の上に置いたままのスマホは、何事もなかったようにホーム画面を表示している。古い機種のはずなのにバッテリー残量は八十七パーセント。充電ケーブルは繋がっていない。通信会社名も、Wi-Fiの接続先も、どこにも表示されていない。代わりに画面の上には見慣れない小さな紋章が浮かんでいた。
祖父がスマホを使っているところなど、湊はほとんど見たことがない。
電話すら固定回線派だった男だ。なのに端末の中はきれいに整理されていて、写真フォルダも、メモ帳も、連絡先も空っぽだった。
あるものは、ホーム画面中央に置かれたアプリ一つだけ。
ピンクでも水色でもない、鈍い金色のアイコン。
円と線が組み合わさった、どこか古びた紋章みたいなマーク。
アプリ名は表示されていなかった。
だが、その上に赤い通知バッジが一つついている。
湊はしばらく眺めた末、観念して指でタップした。
画面が切り替わる。
現れたのは、どう見てもマッチングアプリの画面だった。
プロフィール写真、年齢、自己紹介、共通点らしき項目。UIそのものは見慣れた形なのに、書かれている内容だけが妙におかしい。
名前:リゼリア
年齢:20
居住地:王都ルーメリア
職業:第三王女
趣味:読書、視察、城壁から町を眺めること
一言:信頼できる方と出会いたいです。
「……詐欺にしても設定が強すぎるだろ」
思わずそう呟いた。
写真は、いわゆる加工アプリで盛った感じではない。
銀に近い淡い金髪、澄んだ青灰色の瞳、白い肌。ドレスは明らかに高価そうだが、ポーズが妙に堅い。いかにも誰かに撮らされた一枚で、今どきの若い子のプロフィール写真とは逆方向だった。
ただ、問題はそこではない。
画面下に、はっきりと表示されていたのだ。
『あなたにいいねしました』
意味が分からない。
祖父の遺品スマホを開いた翌日に、見知らぬ第三王女からいいねが来る人生を想定している人間は、たぶん世界に一人もいない。
湊は頭を掻いた。
アカウント名を変える趣味も、こういう悪ふざけに付き合う友人もいない。そもそも端末そのものが祖父の引き出しから出てきたばかりだ。
「じいちゃん、マジで何残してんだよ……」
アプリを閉じようとした、そのときだった。
画面の下部にメッセージ欄が現れ、白い吹き出しがひとつ、すっと浮かんだ。
『はじめまして。あなたは、相沢源蔵殿のご縁者でしょうか』
湊の指が止まる。
詐欺なら、祖父の名前まで知っているのはおかしい。
胸の奥がざわついた。
悪趣味なイタズラだと笑い飛ばすには、知ってはいけないことを知りすぎている。
数秒迷った末、湊は返信欄を開いた。
『誰ですか。なんで祖父の名前を知ってるんですか』
送信。
既読の表示は出ない。
代わりに、三点リーダのような点滅が始まる。
そして返ってきた文章は、湊をさらに黙らせるには十分だった。
『やはり……繋がったのですね』
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