第1話 祖父の遺品
人がひとり死ぬと、家は驚くほど静かになる。
祖父の葬儀を終えた日の夕方、相沢湊は、線香と雨の匂いがまだ残る古民家の玄関に一人で立っていた。
築何十年になるのかも分からない平屋だった。表の瓦は古いのに、柱は妙にしっかりしている。庭は荒れかけているのに、離れの工房だけは不思議なくらい整っていた。
「結局、ここも俺が片づけるのか」
誰に言うでもなく呟いて、湊は靴を脱いだ。
二十八歳。仕事は展示物や舞台装置の制作、修理、設営。平たく言えば、壊れたものを直したり、まだ形のないものを現場用に作ったりする何でも屋だ。安定しているとは言い難いが、手を動かしている時間だけは好きだった。
その手先の器用さは、間違いなく祖父譲りだ。
相沢源蔵。
寡黙で偏屈で、近所からは「昔気質の修理屋」と呼ばれていた男。
湊に優しかった記憶も、厳しかった記憶もある。ただ、仕事のことだけは、最後まで多くを語らなかった。
葬儀のあと、司法書士から言われた言葉を思い出す。
『ご祖父様は、家と工房、それから蔵の管理は湊さんに任せる、と遺しておられました』
両親ではなく、伯父でもなく、自分に。
正直、少しだけ不思議だった。
居間から順に襖を開けていく。茶箪笥、古い時計、日に焼けた座布団。生活の気配は薄いのに、どこにも雑さがない。祖父は最晩年まで一人暮らしだったはずなのに、この家は放っておかれた感じがしなかった。
工房に入ると、その違和感はもっと強くなった。
鉋は刃先を揃えて並べられ、鑿は寸分違わず木箱に収まっている。革手袋は乾燥剤と一緒に保管され、金属工具には薄く油が差されていた。つい昨日まで仕事場として使われていたと言われても納得できる。
「……本当に、じいちゃんらしいな」
笑うしかない。
作業台に手を置く。硬く、なじんでいて、無駄がない。木の節の位置まで覚えていそうな手触りだった。
湊は子どものころ、この工房が好きだった。
学校帰りに勝手に入りこんでは、釘の仕分けを手伝ったり、木端で遊んだりしていた。祖父は多くを褒めなかったが、一度だけ、真っすぐ切れた板を見て言ったことがある。
『お前は、壊れたもんを見て見ぬふりができない手だ』
その意味は、今でもよく分からない。
日が落ちる前に一息つこうと、湊は作業机の引き出しを一つずつ確認した。メモ帳、古い納品書、見覚えのない真鍮製の留め具、そして鍵のない小箱。
どれも古い。だが、どれも手入れされている。
いちばん下の深い引き出しだけが、少し重かった。
引いてみると、木が擦れる鈍い音と一緒に、奥から青白い光が漏れた。
「……は?」
中に入っていたのは、スマートフォンだった。
かなり古い機種だ。祖父の時代感覚からすると、持っていたこと自体が意外なくらいなのに、その画面はうっすらと灯っている。
しかも、充電ケーブルは繋がっていない。
湊が眉をひそめた次の瞬間。
小さな通知音が、静かな工房に、やけにはっきりと鳴った。
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