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マッチングアプリでマッチした相手は異世界の第三王女でした。〜召喚された最強クラフトマンは、崖っぷち小国を立て直して無双する〜  作者: 富益 啓


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第144話 救うための封印

答えは、返らなかった。


代わりに、地面が答えた。


低い振動。

土間の水瓶の面に、細かい輪が走る。


ティンダールが立ち上がるのと、カナンが戸を蹴り開けるのが同時だった。


「山か!」


「坑道だ」


老人は鏝を掴み、駆け出しながら短く言った。


「第二層の奥。……嫌な癖の揺れだ」


「嫌な癖?」


「観測塔の針が振り切れる時と、同じ揺れ方だ。堰の水が、縁を舐めとる」


走りながらの短い問答で、事態の重さだけが伝わった。


坑道を下りると、封印壁の広間は微かに明滅していた。


三層の壁はびくともしていない。

だが、壁と岩盤の境目——封の編み目が岩へ喰い込む縁の一か所から、細く黒いものが滲み出していた。


濁った魔力。


見ているそばから量を増し、床の傾きに沿って、坑道の排水路へ流れ込み始める。


「排水路はどこへ落ちる」


「町の水路だ」


カンラッドの顔色が変わった。


「井戸も、選鉱場も、全部あの水路から引いとる」


「坑内の人間を上げろ! 夜番の二人は水路の元栓へ!」


カンラッドの声が坑道に響く。

老代官の指示は、三年分の覚悟の分だけ速かった。


「止めるぞ」


ティンダールが縁へ鏝を構える。

だが老人は、そこで一瞬だけ迷った。


滲みの幅が、鏝の輪より広い。

端から順に封じれば、封じている間に反対の端から溢れる。


「ティンダール。三十秒くれ」


湊は結界板を二枚、床へ叩き付けるように立てた。


《工式解析》。


濁りの流れを読む。

圧は強いが、流れそのものは素直だ。

なら、堰き止めるのではなく——逸らす。


結界板の角度を浅く倒し、床の傾きと合わせて、濁りの先端を空の貯水槽へ導く。


「そっちの槽は空だ! 選鉱を止めてるから!」


カンラッドが叫ぶ。


「上等!」


濁った魔力が、水路の手前で向きを変えた。

貯水槽へ、細い黒い糸になって落ちていく。


「流れは逸らした! 滲みの元を頼む!」


「言われずとも」


ティンダールの鏝が、縁の岩へ触れた。


そこからの半刻を、湊は生涯忘れないと思った。


老人は滲みの縁を、端からではなく「網の目の順」で封じていった。

一目締めるたび、滲みの圧が隣の目へ移る。

その移り先を読み切って、先回りに鏝を置く。


圧と対話しながら、逃げ場を一つずつ潰していく封じ方。


力技ではない。

盤上の詰めに近い。


そして詰めながら、老人は手順を声に出していた。


「二の目を締めれば、圧は四へ走る。四を締めれば七。七の先は行き止まりだ」


独り言ではない。


教えている。

この非常の最中に、湊へ向けて、封の読み筋を。


「小僧! 三の目が跳ねる!」


「受けた!」


跳ねた滲みを結界板で受け、貯水槽へ流す。

指示は短く、動きは噛み合った。


閉じる者が詰め、逸らす者が受ける。


打ち合わせは、一度もしていない。

それなのに、手順のどこにも隙間がなかった。


最後の一目をティンダールが焼き締めると、広間は嘘のように静かになった。


貯水槽の底で、黒い濁りがゆっくりと薄れていく。

境界の圧から切り離された魔力は、長くは形を保てないらしい。


「……終わったか」


カナンが剣から手を離した。


「井戸は」


「無事だ。水路には一滴も入っとらん」


カンラッドが、へたり込むように岩へ腰を落とした。


湊は結界板を回収しながら、大きく息を吐いた。


修復だけでは、間に合わなかった。

封鎖だけでも、間に合わなかった。


二つ揃って、初めて町は守られた。


「見事なもんだ」


カンラッドがしみじみと言った。


「三年見てきたが、旅人様の封じがあんなに速いのは初めてだ」


「速かったのは、受けがいたからだ」


ティンダールは事もなげに言い、それから自分の言葉に気づいたように口を閉じた。


受けがいたから。

それは、三人で回っていた頃の速さだったのかもしれない。


「ティンダール。今のが答えじゃないのか」


「何がだ」


「閉じるか開けるかの、二択じゃない形」


老人は答えず、鏝を布で拭った。


その手元を見て、湊は言葉を飲んだ。


左手が、震えていた。


作業中は微塵も揺れなかった手が、鏝を仕舞う今になって、細かく、抑えようもなく震えている。


老人はその手を、袖の中へ隠した。


湊が見ていたことに、気づいた目だった。


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