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マッチングアプリでマッチした相手は異世界の第三王女でした。〜召喚された最強クラフトマンは、崖っぷち小国を立て直して無双する〜  作者: 富益 啓


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第145話 境界は誰のものか

翌朝、坑口の前に鉱山町の人間が集まっていた。


夜のうちに、水路の元栓を閉めて回った夜番の口から、話が広まったらしい。


山の底で何かが起き、旅人様と王都の顧問様がそれを止めた。

井戸は無事。

選鉱場も無事。


それだけ分かれば、山の町の朝は早い。


「旅人様」


鉱夫の女房らしい年配の女が、進み出て頭を下げた。


「三年前から、あんた様が山を見ててくださったって……代官様から、聞きました」


ティンダールは、目に見えて後退った。


「頭を上げろ。儂は——」


「山の傷を、独りで閉じてくださってた方だって」


「井戸の水が濁らなかったのは、旅人様のおかげだって」


言葉が次々に重なる。

三年間、採掘を絞られて恨んだ分まで込みで、町は頭を下げに来ていた。


「うちの井戸の水です。今朝いちばんの」


「酒です。安いのしかねえが」


「これ、うちの婆様の膏薬。火傷の手に効きます」


差し出される品々の前で、封の番人は完全に立ち往生していた。

濁った魔力の滲みより、よほど手に負えないという顔だった。


ただ、全員が頭を下げたわけではない。


人垣の後ろに、若い鉱夫が一人、腕を組んで立っていた。


「昨夜の事には礼を言う。でも、三年黙ってた事まで、今日いっぺんには飲み込めねえ」


兄が仕事を失い、王都へ出たという。

ティンダールは若者から目を逸らさなかった。


「飲み込むな。儂の都合で奪った三年は、戻らん」


若者は頭を下げず、それでも一度だけ頷いた。


「……受け取らんぞ」


「そう言うと思って」


カンラッドが横から、平然と品を受け取っていく。


「番屋の前へ置いとく。腐るもんから使え」


「カンラッド、貴様」


「三年分の店賃だ。文句があるなら出ていけ」


町の人間が、どっと笑った。


笑い声の中で、老人は所在なげに鏝の柄を握っていた。

敵意には慣れている。

無視にも慣れている。

だが感謝だけは、受ける稽古をしてこなかった男だった。


ティンダールは何か言いかけ、諦め、湊を睨んだ。


「何がおかしい」


「いや。……借りの作り方、思い出せそうじゃないか」


老人はそっぽを向いた。


人が散ったあと、湊は坑口の岩に腰を下ろし、聞いてみたかったことを聞いた。


「あんたは境界の番人だ。じゃあ、境界は誰のものなんだ」


「妙なことを聞く」


「大事なことだ。うちの王女は、南河で水利権の持ち主を巡って帝国とやり合った。水に持ち主がいるなら、境界にもいるのか」


ティンダールは坑口の闇を見た。


「国のものか。王家のものか。それとも、あんたたち番人のものか」


「……誰のものでもない」


長い間のあとで、老人は言った。


「水も、山も、境界も。誰のものでもない。だから、誰かが番をする」


「持ち主がいないから、番人がいる」


「逆に言えばな」


老人は鏝の柄を撫でた。


「持ち主を名乗る者が現れた時が、境界の一番危ない時だ。国でも、帝国でも、教会でも——持ち主は、持ち物を使う。使われた境界は、必ず壊れる」


「お前のじいさんの糸もな」


老人は湊を見た。


「あれが優しい道具のうちは、いい。だが便利な道具だと気づいた者が現れたら、どうなる。呼べば繋がる糸は——引けば釣れる糸でもある」


反論できなかった。

青鷹がやろうとしたことも、帝国が査定表でやっていることも、突き詰めればそれだった。


だから国にも王家にも知らせず、独りで守ってきた。


理屈は、通っている。

通っているが。


「あんたが倒れたら、番は誰がする」


「……」


「持ち主は駄目で、番人は独り。それじゃ、あんたの死と一緒にこの網も死ぬ」


「三人目を、探せばいい」


言ってから、しまったと思った。

昨夜、答えの返らなかった問いに、真横から触れてしまった。


老人の顔から、表情が消える。


だが今度は、黙りはしなかった。


「……探して見つかるものなら、三十年前に探しとる」


老人が何か言いかけた、その時だった。


坑口の陰からカナンが出てきた。

手に、町の中継所の通話記録を持っている。


「ミナト。王都から急報だ」


顔つきで、良い報せでないことは分かった。


「北の観測塔の記録小屋が、荒らされた。ユストが手配した追跡隊は、麓へ下った測量士二人を追って南へ動いた。だが同じ夜、別働隊が北尾根へ入ったらしい。囮だと分かった時には、記録の巻きをごっそり持ち去られてた」


ティンダールが、弾かれたように立ち上がった。


「帝国か」


「拓本を集めてた連中と、同じ一味だ」


「小屋は」


「戸まで閉め直してある。記録だけを狙った、手慣れた仕事だ」


ティンダールの拳が、岩を打った。

あの几帳面な記録小屋を土足で漁られた音が、聞こえるようだった。


境界に、持ち主を名乗りたがる者が現れた。


老人の言った「一番危ない時」は、もう始まっていた。


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