第14話 一夜で変わる穀倉
兵装の次に見せられたのは、穀倉だった。
王都南区の大穀倉。
王都全体の備蓄を預かる重要施設だと聞かされていたが、扉を開けた瞬間、湊は顔をしかめた。
「……これ、匂いでもうアウト寄りだよ」
湿った藁と黴と、腐りかけの穀物の甘い臭気が籠もっている。
倉庫番の老人が肩を落とした。
「窓を開ければ鳥が入る。閉めれば湿る。床を上げようにも金がない。毎年、これでも頑張ってるんだがね」
言い訳ではなく、本当に頑張ってきたのだろう。
だからこそ、余計に悪い。構造そのものが悪いと、人の努力だけではどうにもならない。
穀倉の内部は、床が土間に近く、袋がそのまま積まれていた。外壁には小窓があるが、空気の抜け道が悪く、熱気と湿気が中へ溜まる一方になっている。
湊の頭の中で、問題点が順番に並んでいく。
床下からの湿気。
空気がよどむ天井。
荷積みの偏り。
雨季に逆流する壁際の冷気。
これは工式を視る感覚とは少し違う。ただの倉庫番の勘と、職人の経験則だ。
「直せますか」
リゼリアが問う。
「大工と倉庫番、あと木材が少しあれば」
「夜までに集めます」
「いや、今から」
「今から?」
「放っとくほど損する。今日積んでる分だけでも、湿気は待ってくれないから」
そう言うと、リゼリアは一瞬だけ驚いたあと、すぐに侍女へ指示を飛ばした。
動きに迷いがない。
その日の穀倉は、ほとんど工事現場になった。
湊は床へ直接置かれていた穀袋を全部移し、廃材と古い荷台を使って即席の高床棚を組む。袋と床の間に空気層を作るだけでも違う。さらに壁の高い位置へ細い通気窓を増やし、風が抜ける流れを作る。
「窓を増やしたら鳥が入るだろう」
倉庫番が言う。
「だから内側に斜めの格子を入れる。風は通るけど、鳥と雨は入りにくい」
「そんなことが……」
「現代、じゃなかった。俺のとこでも、展示物保管は湿気との戦いだったんだよ」
倉庫番の老人は一瞬だけ怪訝そうに瞬きをしたが、いまは意味より結果が先だったらしい。黙って頷いた。
カナンが太い木材を軽々と担いできて、湊が指示した位置へ置く。力仕事ができるS級冒険者、便利すぎる。
「お前、こういう作業だと本当に迷いがないな」
「壊れてる理由が分かるからね」
「戦場より怖い顔してるぞ」
「穀物腐る方が普通に怖いでしょ」
リゼリアはそのやり取りを聞きながら、倉庫番や役人へ次々と確認を取っていた。
「去年の損耗率は?」
「一割強でございます」
「正直に」
「……二割近くです」
「なぜ報告を上げなかったのです」
「上げました。ただ、改修費は毎年見送られまして」
リゼリアの表情が一瞬だけ曇る。
予算を削られ続けてきたのだろう。しかも、そのしわ寄せが最後に来るのは、食糧だ。
作業は日が暮れてからも続いた。
松明の灯りの中で、湊は通気の流れを確認し、積み方の規則を壁板へ書きつける。
『壁から一尺離す』
『新穀と旧穀を混ぜるな』
『床置き厳禁』
簡単なルールだ。だが、構造と一緒に残さなければ意味がない。
夜半近く、最後の高床棚が組み上がった。
湊は汗を拭いながら、倉庫番へ言う。
「明日の朝、一番下の袋触ってみて。たぶん今までと違う」
「たった一晩で変わるものかね」
「変わるよ」
そう言い切った翌朝。
倉庫番の老人は、泣きそうな顔で湊たちを迎えた。
「乾いてる」
手に持っていたのは、一番下に積んだ穀袋だった。
これまでなら朝にはじっとり湿っていた麻袋が、ほとんど水気を吸っていない。
「本当に……乾いてる」
周囲の役人たちも、次々に袋へ触れる。
空気の匂いまで違っていた。むっとする湿気が薄れ、穀物そのものの匂いが前へ出ている。
湊は高床棚を軽く叩いた。
「湿気は下に溜まる。だから離す。空気は上に抜ける。だから出口を作る。結局、基本なんだよ」
リゼリアは倉庫を見回し、静かに息を吐いた。
「これだけで、どれだけ助かるか……」
「殿下!」
そこへ、財務局の役人が慌ただしく飛び込んでくる。
「南穀倉の損耗率改善が見込めるなら、今期備蓄計画の見直しを――」
「こちらも!」
「北区穀倉も同様の改修を――」
昨夜まで予算を渋っていた連中が、露骨に動き始めた。
あまりに分かりやすくて、湊は思わず笑う。
「現金だなあ」
「食糧に関わる者は、いつだって現金です」
リゼリアが疲れた顔で答える。
「でも、今はそれで構いません。動くなら使います」
王女のその割り切りは、やっぱり実務屋のものだった。
穀倉を出るころには、王都の空気は少しだけ変わっていた。
水が戻り、武器が持ち直し、食糧の損耗が減る。
それだけで、人の視線が変わる。
ただ一人、その変化を面白く思わない男がいた。
穀倉の外れからこちらを見ていた濃紺の法衣の男――バルクスは、湊と目が合うと、静かに踵を返して去っていった。
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