第13話 兵装庫の錆びた槍
北兵装庫は、王城の外縁に近い古い石倉だった。
扉を開けた瞬間、湊は顔をしかめた。
「うわ。湿気すごい」
金属と埃と古い油の匂いが混ざっている。武器庫というより、使われなくなった倉庫だ。
壁際に立てかけられた槍は、長さも太さもばらばらだった。柄の木材も種類が混在し、穂先の付け根には青錆が浮いている。よく見ると、同じ部隊用の束でさえ規格が揃っていない。
兵務官の男が苦い顔をした。
「予算の都合で、修理と流用を繰り返しておりまして」
「繰り返した結果、何がどこの部隊用か分からなくなってる、と」
「耳が痛いですな」
リゼリアは槍を一本手に取り、重さに眉をひそめた。
「これを実戦で?」
「新兵には特に不評です」
兵務官が答える。
「重い、折れる、扱いづらい、と」
カナンが一本を軽く振って、即座に顔をしかめた。
「遅いな。これでは突きより戻しの方で死ぬ」
湊は一本一本手に取り、床へ並べ始めた。
長さ、重心、木目、金具の留め方。頭の中で勝手に整理されていく。
魔力の流れを視る時とは違う。これは、現物を触ってきた職人の目だ。
「……三世代混ざってる」
「分かるのか?」
カナンが横から覗く。
「この古いのは柄が太い。腕力前提。こっちは軽量化狙ってるけど、接合が弱い。で、今納品されてる新しいやつは見た目だけ揃えて中身がダメ」
穂先の差し込み部を示す。
「ここ薄すぎる。突いた時の衝撃が一点に集まるから、柄の付け根から折れる」
兵務官が思わずうめいた。
「まさに、その壊れ方をしております……」
「誰が納品してる?」
男は言い淀み、リゼリアの顔色を見てから答えた。
「第二王子殿下寄りの工房です」
なるほど、と湊は思った。
安物を回して差額で抜いているか、わざと弱い規格を流しているか。その両方かもしれない。
「直せますか」
リゼリアが問う。
「全部は無理。でも、規格は切れる」
湊は床へ膝をつき、数本を並べ替えた。
「まず長さを二種に絞る。前列兵用と後列兵用。柄の太さも統一。重心は穂先寄りすぎるから、石突き側に少し戻す」
「そんなことで変わるのか」
兵務官が疑う。
「じゃあ試そう」
城内訓練場へ場所を移すことになった。
古びた槍を持った兵士三人と、湊が即席で手を入れた槍を持った兵士三人。湊がしたことは、壊れた柄を規格の近いものに揃え、穂先の差し込みを深くし、余分な飾り金具を外しただけだ。
見た目は地味だ。
だが、差はすぐ出た。
「構え!」
兵務官の号令で、一斉に突きが繰り出される。
従来槍の列は、戻しで穂先がぶれた。
改修槍の列は、二撃目への移行が明らかに早い。
「もう一度!」
今度は踏み込み付き。
古い槍の一つが、付け根から嫌な音を立てた。
改修槍はぶれず、兵士の手元だけが軽くなっている。
「うわ、全然違う」
若い兵士が声を上げた。
「重いのに振り回されない」
「違う。軽くしたんじゃなく、仕事してない重さを消した」
湊が言う。
兵務官が槍を受け取り、自分でも数度振った。
やがて、信じられないものを見る顔で呟く。
「同じ人数でも、前線の保ち方が変わる……」
「槍って数揃える武器だから。一本だけ強くても意味ない。揃ってる方が強い」
ただ、湊はそこで一度だけ槍の付け根を見直した。
「でも、これは試運転です」
兵務官が顔を上げる。
「実戦でどれくらい保つかは、素材と使い方を見ないと分からない。この国の鋼の粘りとか、兵士がどれくらい無理な突き方をするかとか、俺はまだ全部知らないので」
「慎重ですな」
「展示物なら、初日の客入りで壊れ方が変わるんです。武器なら、もっと変わるでしょ」
リゼリアはその言葉を聞き逃さなかった。
「では、試験記録を残します。改修は進めますが、使用報告を必ず戻してください」
兵務官は少し驚き、それから深く頷いた。
カナンが横でニヤリと笑う。
「お前、武器を作るというより、軍を作る気か」
「結果そうなるなら、まあ」
その言葉に、リゼリアの瞳が強く光った。
彼女には見えたのだろう。槍一本の改良が、兵の生存率と国の防衛線へ直結する未来が。
その場で、兵務官が頭を下げた。
「殿下。兵装庫の優先改修、正式に申請します」
「必要予算は?」
リゼリアが即座に返す。
「新規大量発注より安く済みます。既存資材の流用が利くので」
「ならば通します」
やり取りが早い。
王女と官僚が、現場で数字を見ながら即決していく。
それを見て湊は、なるほどこの国は、正しく回ればまだ立ち直れるのかもしれないと思い始めた。
だが、その日の終わり。
兵装庫を出たところで、湊は倉庫の柱に小さく刻まれた青い鷹の印を見つけた。
落書きにしか見えない程度の、細い線。
「どうした」
カナンが問う。
「いや……気のせいかも」
そう答えたものの、心のどこかが引っかかった。
ただの工房印にしては、妙に隠すように刻まれていたからだ。
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