第12話 S級冒険者カナン
兵装庫へ向かう前に、湊は王城内の空き部屋を一つ宛がわれた。
「さすがに寝床もなしで働かせるのは気が引けるので」
とリゼリアは言ったが、実際には護衛の目が届く場所へ置く意図もあるのだろう。
その証拠に、部屋の外にはきっちりカナンが立っていた。
「監視役、徹底してるね」
「護衛だ」
「俺を?」
「姫様を」
即答だった。
湊は苦笑しながら、渡された薄手の上着を脱いで椅子へ掛けた。部屋は質素だが清潔で、窓からは王都の屋根が見える。これが数時間前まで現代日本にいた男の新居だと思うと、さすがに笑えてくる。
「で、S級冒険者って何」
「知らずに来たのか」
「知らずに来たよ。マッチングアプリ経由で」
カナンが初めて、呆れを隠さず顔に出した。
「……本当に異邦人なんだな」
壁にもたれたまま、彼女は短く説明する。
冒険者には等級があり、S級は国が単独依頼を出すレベルの戦力。大規模魔獣討伐、国境警備、要人護衛。つまり、王女付きとしてこれ以上ない切り札だ。
「じゃあ、カナンさんってめちゃくちゃ強いんだ」
「さん付けはやめろ」
「なんで」
「くすぐったい」
そこは正直なんだな、と湊は思った。
ふと、部屋の隅へ立てかけられている大剣が目に入る。
あの地下封印室でも持っていたものだ。刀身は広く、見た目のわりに傷は少ない。だが、柄の革巻きだけが不自然に擦れていた。
湊は近づいて、しゃがみ込む。
「触るな」
声が飛ぶ。
だが湊は剣そのものではなく、柄尻の金具と巻き革の段差を見ていた。
「これ、握りの癖で内側だけ減ってる」
「……だから?」
「右手の小指側に力が逃げてる。振り下ろしは強いけど、返しで遅れるでしょ」
室内が静まった。
カナンがゆっくりと体を起こす。
「見ただけで分かるのか」
「大剣使いって、だいたい柄のここ潰れるんだよ。展示用のレプリカでも、持ち手の設計ミスると一発で出る」
もちろん現代日本でS級冒険者の武器を直した経験などない。
だが、これは工式どうこうとは少し違う。展示用の模造武器でも、使い手の癖は握りに出る。
見れば分かる。それが職人として染みついた感覚だった。
「試していい?」
「断る」
「そこをなんとか」
「断る」
二度目も即答だった。
だが、カナンの目には明らかな迷いがある。
湊は工具箱を軽く叩いた。
「悪くしない。というか、このままだと手首痛めるよ」
「……」
数秒の沈黙のあと、カナンは長く息を吐いた。
「三分だ」
「十分」
「五分」
「交渉成立」
渋々といった様子で、大剣が湊へ渡される。
重い。だが持てないほどではない。問題は重さよりバランスだ。見た目の迫力に対して、重心がほんの少し前すぎる。力任せの一撃は強いが、連撃と制御で損をしている。
湊は柄の端を少し外し、内部構造を確認する。中子の留めが粗い。革巻きの厚みも左右で僅かに違う。これでは握るたびに力点がずれる。
「誰が作ったんだろう。素材はいいのに、もったいない」
「王都で評判の工房だ」
「評判って、見た目の?」
カナンが答えに詰まる。
図星らしい。
湊は工具箱から薄い革片と金属環を取り出した。祖父の箱、いよいよ何でも出てくるなと自分でも思う。
柄尻の重りを微調整し、巻き革の段差を均し、握りの膨らみをほんの少しだけ親指側へ寄せる。
作業は本当に五分とかからなかった。
「はい」
差し出すと、カナンは半信半疑で受け取る。
そして空いているスペースで一度だけ素振りをした。
空気を裂く音が変わった。
「……あ」
思わず漏れたらしい声に、湊はにやりとした。
「返しが楽になった?」
カナンは二度、三度と振る。
肩で振っていた軌道が、途中から身体全体で流れるように変わっていく。最後の止まりが明らかに早い。
「何をした」
「ほんの少し、カナン向けに寄せた」
「私向け」
「使い手に武器を合わせるの、普通じゃない?」
普通、という顔で返されて、カナンは妙に黙りこんだ。
彼女にとっては普通ではなかったのだろう。
やがて彼女は剣を見下ろし、小さく呟く。
「……こんなに違うものなのか」
「武器って、結局、使う人の手に馴染んでなんぼだから」
「お前、戦えないのに武器の話になると偉そうだな」
「戦えないから、そこはちゃんと考えるんだよ」
その返しが少しだけ意外だったのか、カナンは初めて真正面から湊を見た。
警戒の色はまだ残っている。
だが、その奥に別の感情が混じり始めていた。
興味だ。
「……兵装庫のあと、私の予備武器も見ろ」
「依頼ってことで?」
「勘違いするな。監視のついでだ」
「はいはい」
湊が笑うと、カナンは不機嫌そうに眉を寄せた。
けれど、さっきまでより明らかに声が柔らかい。
部屋の外から侍女が呼びに来る。
「ミナト様、カナン様。兵装庫の準備が整いました」
湊は工具箱を持ち上げ、カナンは改良された大剣を背負い直した。
扉へ向かう彼女の背中を見ながら、湊は思う。
異世界最初の味方は、どうやらかなり扱いの難しいS級冒険者らしい。
そしてカナンの方もまた、そう簡単には認めたくないと思いながら、自分の歩幅がさっきより少し軽くなっていることに気づいていた。
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