↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マッチングアプリでマッチした相手は異世界の第三王女でした。〜召喚された最強クラフトマンは、崖っぷち小国を立て直して無双する〜  作者: 富益 啓


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

139/152

第139話 名前のない封印

巡回路の最後の点は、鉱山の奥——正確には、あの封印壁から尾根を一つ挟んだ、谷の行き止まりにあった。


そこだけ、道標がなかった。


符号も、点もない。

ここから先は順路ではない、という意味だろう。


「気配は」


「ない。獣もいない」


言われてみれば、鳥の声すら遠かった。

谷の行き止まりだけ、音の密度が薄い。

生き物は、境界の圧に敏感だ。


代わりに、崖の裂け目を丸ごと塞ぐ形で、それはあった。


高さ二丈の、封の壁。


中継地の封とも、観測塔の封とも違う。

編み目が、桁違いに細かい。

近づくほど、壁というより織物に見えた。


「これを、手で……?」


カナンが呆れたように見上げる。


「何年かかる仕事だ」


「分からない。ただ、急いで編んだ場所が一つもない」


織り手の心持ちまで、編み目に残っている。

恐れでも、義務でもない。

一目ずつ、確かめるように編まれた壁だった。


そして、もう一つ。


「逆だ」


湊は思わず声に出した。


「何が」


「編み始めの結び目が、全部向こう側にある。この封は——内側から施工されてる」


封じた者は、壁の向こうにいた。

向こう側から、この世界との間を閉じた。


「閉じ込められたのか?」


「いや……順番が変なんだ。見てくれ」


封の奥、細かい編み目の芯に、別の工式が透けている。


繊細で、しなやかで、見間違えようのない手癖。


祖父が組んだ、繋の工式だ。


「芯に繋の式。外側に封の式。……これは、合作だ」


湊は編み目を目で追いながら、施工の始点と終点を拾った。


祖父の繋の式には、こちらから向こうへ押し広げた痕と、向こうからこちらへ収束させた痕が一本ずつある。

同じ道を往復しなければ、残らない位相痕だ。


封の式の外縁には、こちら側から施した粗い仮締めがある。

本封じの結び目はすべて向こう側にあり、胸の高さの一目だけ、外から鏝を引き抜いた焼け跡が残っていた。


跡を順に並べれば、少なくとも、こう読める。


まず、祖父が向こう側への道を繋ぎ、渡った。

山の男がこちら側から仮締めをして、道を守った。

祖父が同じ道を戻り、今度は男が向こう側へ潜って本封じを編み上げた。

最後に細い抜け目から戻り、鏝を抜いて、その一目を外から締めた。


行きの道を確保し、帰りの道を確保し、それから完全に閉じる。

少なくとも二人の手がなければ、成立しない手順だった。


『閉じる者がいなければ、繋ぐ者は帰れない』


写真の裏の一行が、ようやく技術の言葉になった。


繋ぐ者は、行ける。

だが独りで行けば、開けっ放しの扉を背にして進むことになる。

背中を託せる閉じる者がいて、初めて「行って、帰る」が成り立つ。


「逆に言えば、だ」


カナンが腕を組んだ。


「閉じる者が承知しなけりゃ、誰もこの先へは行けない。……あの山の男は、この網の鍵そのものだな」


「爺さんは、渡ったんだ。この向こうへ。……それで、ちゃんと帰ってきてる」


渡って、何を見たのか。

何を持ち帰り、何を置いてきたのか。

手記のまだ読めない頁は、たぶんその記録だ。


「向こうって、どこだ」


カナンが壁を見上げた。


「スマホの『未解放接続先』と、同じ場所なのか」


「分からない。でも、無関係のはずがない」


湊は壁へ手をかざした。


触れない。

読むだけ。


それでも、封の膜越しに、微かな圧を感じた。


観測塔の針を振り切らせている、あの圧だ。


「……この向こうで、何かが溜まってる」


「開けたら?」


「今の俺じゃ、閉じ直せない」


それが答えのすべてだった。


開ける技術と、閉じる技術は違う。

繋の式は読める。

だが封の式は、読めても編めない。


祖父に閉じる者が必要だったように、湊にも、閉じる者が要る。


「あの足跡の主に、頼むのか」


「頼めるなら。……ただ、順番がある。こっちが閉じ方の重さを分かってないうちは、頼む資格もない」


技術の世界の礼儀は、どこも同じだ。

教わりたければ、教わる準備を見せること。


日が傾き、谷が藍色に沈み始めた。


引き上げようとした時、カナンが壁の裾を指した。


「ミナト。あれ」


封の表面、ちょうど人の胸の高さに。


手形が、一つ。


古い封の上へ、後から押し当てられた、真新しい跡だった。

指は長く、掌は岩のように広い。


「威嚇か?」


「いや……」


高さも、向きも、位置も。


まるで「ここに手を当てろ」と示す、道標のようだった。


毎日21時更新予定。お気に入り登録ぜひよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。