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マッチングアプリでマッチした相手は異世界の第三王女でした。〜召喚された最強クラフトマンは、崖っぷち小国を立て直して無双する〜  作者: 富益 啓


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第138話 語られない同行者

返事に記された範囲を確かめ、観測塔の裏手へ回ったのは、カナンだった。


「ミナト。こっちに戸がある」


崖と塔の間の窪みに、半分土へ埋まった小屋があった。


塔と違い、封はない。

古い錠が一つ。

そしてその錠は、油が差され、鍵穴が磨り減るほど使われていた。


「記録小屋だ。塔は封じても、記録だけは取り出せるようにしてある」


錠は、掛かっていなかった。


見せたくない場所は封じる男だ。

ここだけ開けてあるのは、少なくとも立ち入るなという意味ではない。


戸を引くと、乾いた紙と油の匂いがした。


壁一面の棚に、記録紙の巻きが年代順に並んでいる。

机が一つ。

椅子が一つ。

炉の灰は、新しい。


机の上には、湯呑みが一つ、伏せて置いてある。

一つだけ。

この小屋の机で、向かいに座る人間は、もう長いこといない。


「几帳面すぎて、泣けてくるな」


棚の巻きには、一本ずつ荷札が結ばれていた。

年、季節、特異の有無。

これだけの記録があれば、王都の学者なら十年は食える。

それを男は、誰にも見せず積み上げてきた。


カナンが棚の端から巻きを検めていく。

湊は、机の抽斗を開けた。


予備の計器針。

油の壺。

そして、薄い板に挟まれた一枚の写真。


心臓が、ひとつ跳ねた。


観測塔の前で撮られた、集合写真だった。


若い祖父。

山の男。

二人とも、手記の写真より少しだけ若い。


そして——二人の前の地面に、影が伸びていた。


撮影者の影。


夕方の長い光が、小柄な人影を岩の上へくっきりと落としている。


「三人目……」


やはり、いたのだ。


三つの台座。

『三で一つ』。

写真の外へ切れていた、最後の一人。


湊は手記の複写を机へ広げ、ずっと引っかかっていた違和感を、初めて言葉にできた。


祖父の手記は、よく読むと不自然なのだ。


『今夜の観測は、相沢、封の担当、——の順とする』

『三人分の冬寝具、残り一組を峰側へ』


三番目の順番。

三人分の寝具。

二人では成立しない数が、何度も出てくる。

なのに、記録に残るのは二人分だけだ。

三人目に関する記述だけが、文章ごと丁寧に消されている。


破られた頁とは、違う。

これは祖父自身の手だ。


インクの上から同じインクを重ね、なお読めそうな箇所は、紙の表面ごと薄く削いである。

几帳面で、執拗で——どこか、祈りに似た消し方だった。


「破った奴は雑で、消した祖父は丁寧、か」


カナンが写真の影を見つめた。


「悪意で消したんじゃないな」


「分かるのか」


「消し方が優しい。……守るために消す名前も、あるってことだ」


カナンはそれ以上、何も言わなかった。


守るために名を消す事情を、無理に問いただす目ではなかった。


「聞かないのか」


「祖父が誰の名を消したのかは、お前が話せるようになったら聞く」


「……そういうとこだぞ」


「褒めるな」


短いやり取りで、小屋の空気が少しだけ軽くなった。


湊は写真を裏返した。


裏書きは、ない。


代わりに、写真の隅の岩の形を確かめて、小屋の外へ出た。


同じ岩が、戸口の右手にあった。


日が傾けば、撮影者の立った場所へ、同じ光が来る。


湊はその場所へ立ってみた。


写真に写る祖父たちの影と比べれば、撮影者の背丈はおおよそ割り出せる。


低い。


湊の肩にも届かない。


「子どもか、かなり小柄な人だ」


「三人で一つ、の三人目が子ども?」


「昔の写真だ。子どもだった誰かが、育って三人目になったのかもしれない」


あるいは、最初から小柄な大人だったのか。


湊は影の位置を帳面へ写し、ふと手を止めた。


「なあ。手記の消された箇所、幾つあったと思う」


「さあな」


「五十一だ。五十一回、祖父は同じ名前を書いて、消してる」


一度決めたなら、頁ごと処分すればいい。

それをせず、書いては消し、書いては消した。


「……本当は、書きたかったんだな」


カナンの呟きが、机の上の伏せた湯呑みと重なった。


確かなことは、一つだけ。


祖父と山の男には、名前を消してまで守りたい同行者がいた。


その人物が、欠けた席の主だったのか。

それとも、系譜とは別の立場で二人と歩いていたのか。

そこまでは、まだ分からない。


明日は、巡回路の最後の点だ。


二人の番人と、名前の消された同行者が歩いた網の——いちばん奥へ。


夕方の光が岩を撫で、小さな影の場所を、静かになぞっていった。


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