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マッチングアプリでマッチした相手は異世界の第三王女でした。〜召喚された最強クラフトマンは、崖っぷち小国を立て直して無双する〜  作者: 富益 啓


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第137話 山中の観測塔

北の尾根の印は、地図の上では崖の中腹にあった。


実際に行くと、崖へ張り付くように石積みの塔が立っていた。


高さは、王都の通信塔の半分もない。

だが基礎の組みが異様に深く、塔というより、地面へ打ち込まれた杭に見える。


「風が強いからじゃないな、あれは」


カナンが基礎の張り出しを見て言った。


「地面ごと揺れても倒れない造りだ。……何を相手にしてる塔だ?」


入口は、例によって封で編み殺されていた。


ただし、この封には小窓がある。


覗き込むと、内部で微かに光が動いていた。


「生きてる」


計器だ。

床から立ち上がる数本の管の先で、細い針が震えている。

封鎖されながら、測定だけを続けている装置。


「何を測ってるんだ」


「向こう側の……気圧、みたいなものだと思う」


蔵の扉の旧鍵板が震えるのと、たぶん同じ理屈だ。

境界の膜越しに伝わる圧を、この塔は何十年も、黙って記録し続けている。


祖父の設計だろう。

繊細な計器の組みに、見慣れた手癖がある。

そして塔を守る封は、あの無骨で強い、山の男の手だ。


繋ぐ者が測り、閉じる者が守る。

ここにも、二人の仕事が重なっていた。


小窓の内側に、記録紙の束が見えた。


針が紙へ刻む線は、幾重にも折り返しながら、右肩上がりに登っている。

そして所々で、枠の外まで振り切れていた。


「振り切れの数、そっちから数えられるか」


「手前の一巻だけで……八回だ。奥の巻は遠くて読めない」


湊は帳面を出し、目盛りと日付の対応を書き取った。


去年までは、年に一度か二度。

この半年で、八回。


「増え方が、おかしい」


逆流の周期が縮んでいる。

転移炉の前で感じてきた胸騒ぎが、山奥の針の上に、はっきり数字として出ていた。


「素人に分かるように言え」


「堰の水位が上がってる。しかも、上がる速さそのものが速くなってる」


「……溢れたら?」


「溢れる場所の封が試される。中継地の封が、全部だ」


年二回の締め直しの意味が、数字の側からも裏付けられた。

あれは習慣ではない。

必要だから、続いているのだ。


「王都の計器では、ここまで分からなかったのか」


「王都のは、王都を守るための計器だ。これは……膜そのものを見張ってる。目的が違う」


国は、国の都合で測る。

番人は、膜の都合で測る。

同じ境界を見ていても、見ている場所がまるで違った。


記録紙の巻きは新しく、装置の軸には油が差してある。

ここも、あの人の巡回地だ。


「なあ、ミナト」


カナンが小窓の奥を指した。


「一番手前の紙、あれだけ向きが違うぞ」


言われて、目を凝らす。


記録の巻紙とは別に、一枚だけ、小窓へ向けて立てかけられた紙があった。


内側から。

読ませるために。


紙には、角張った力の強い字が並んでいた。

印画紙の裏で見た筆跡と、同じ手だ。


『相沢の血縁なら、これ以上進むな』


塔の風が、ひゅうと鳴った。


「……ご名指しだな」


「見られてたのは、最初からこっちだったってことだ」


峠の足跡。

完璧なままの封。

そして、この置き文。


男はずっと先回りをして、湊たちの旅を観察している。

そして、湊が誰の孫か、とっくに知っている。


「どうする」


カナンの問いに、湊は紙をもう一度読んだ。


ここまでの道標が正しくても、名指しの「進むな」まで都合よく読み替えることはできない。


「今日はここで止まる。返事を置く」


湊は帳面を一枚破り、警告を読んだこと、封に触れないこと、観測値の理由を聞きたいことを書いた。


『この先へ入ること自体を拒むなら、そう書いてくれ。その時は引き返す』


紙を小窓の手前に差し込み、二人は塔から離れて野営した。


翌朝、返事は同じ紙の裏にあった。


『封に触るな。道標の終点までなら見ろ』


角張った字の横に、岩のような親指の墨跡が一つ押されていた。


快諾ではない。

それでも、条件の範囲は彼自身の手で書かれていた。


その夜の定時通話で、リゼリアは計器の数字を聞き、しばらく黙った。


『半年で八回……。それは、国の政に関わる数字です』


「はい。帰ったら、正式に報告します」


『帰ったら、です。順番を間違えないでください』


先に、帰ること。

王女の釘の刺し方は、いつも正確だった。


『それから、もう一つ』


通話板の向こうで、紙をめくる音がする。


『帝国の測量士の件、ユストに調べさせました。学術調査の申請は、どの窓口にも出ていません』


正規の手続きのない調査団。

公爵の査定表の外側で、誰かが動いている。


尾根の先、巡回路の最後の点まで——あと一日。

そこまでの条件付きの道が、ようやく開いた。


毎日21時更新予定。お気に入り登録ぜひよろしくお願いします。

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