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マッチングアプリでマッチした相手は異世界の第三王女でした。〜召喚された最強クラフトマンは、崖っぷち小国を立て直して無双する〜  作者: 富益 啓


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第136話 古地図の空白

囲炉裏端に広げられた古地図は、厚手の漉き紙だった。


描かれているのは、谷を中心にした山塊の全部。

沢の一本、岩場の一つまで描き込まれ、王国の公式図より細かい。


「これ、誰が測ったんです」


「さあな。爺様の爺様の頃からあるわ」


古地図の余白には、後から描き足された線が何本もあった。

崩れで消えた道。

付け替えられた橋。

描き足しの筆は、どれも違う。

何代もの村人が、山と一緒にこの紙を生かしてきたのだ。


湊は自分の地図を隣へ並べた。


巡回路の点は、どちらにもある。

だが古地図には、公式図に存在しない印が二つ、多かった。


一つは谷の東の肩。

一つは、北の尾根の上。


どちらの印にも小さな刻みが添えてある。

封の符号——ではない。

円の中に、縦棒が一本。

見たことのない形だった。


「立入るな、の類いだな」


カナンが言った。


「印の周りだけ、獣道の描き込みがない。地元の猟師も避けてる場所だ」


「行かれるのかね」


村長が眉を寄せる。


「東の肩は、やめとけ。二十年前の崩れの、真上だ」


翌朝、その東の肩へ向かった。


やめとけと言われた場所ほど、確かめる価値がある。

半日登って辿り着いた尾根の肩で、二人は足を止めた。


そこにあったのは、印ではなく、跡だった。


山肌が丸ごと抉れ、崩れた岩の下から、砕けた石積みの角だけが覗いている。


中継地がひとつ、山ごと潰れていた。


「二十年前の崩れで、か」


「たぶん。……それで足りなくなったんだ」


「何が」


「網の目が。一つ潰れたら、残りの目で支えるしかない。巡回が年二回なのは、残った場所を短い間隔で締め直す必要が生じたからかもしれない」


湊は崩れの縁に膝をつき、砕けた石積みへ手を合わせた。


ここも誰かが建て、誰かが守っていた場所だ。

弔い方は、それしか思いつかなかった。


「妙だと思わないか」


カナンが崩れの全体を見渡した。


「二十年前のあの夜、男が閉じたのは村の裏の裂け目だ。ここの中継地までは、手が回らなかった」


「一晩で、二か所は守れなかった……」


網を守る人間が、もう一人いれば。

この石積みは、潰れずに済んだのかもしれない。


『三で一つ。欠けて久しい』


あの一文が、崩れた石の下から響いてくる気がした。


北の尾根の印は明日に回し、日のあるうちに麓の宿へ降りた。


猟師相手の小さな宿の土間で、湊は足を止めた。


先客がいた。


旅装の男が二人。

卓の上に、墨の匂いのする紙の束。


写し取られているのは——道標の符号だった。


「相席、構いませんかな」


男の一人が如才なく笑った。

言葉は流暢で、しかし母音の癖が王国のものではない。


「測量の方ですか」


「ええ、まあ。古い街道の学術調査を」


「王国の依頼で?」


「いえいえ、あくまで学術的なものです」


男は拓本の束を、さりげなく革袋へ仕舞った。

その袋の留め具に、双頭の鷲の刻印がある。


帝国の官給品だ。


夕食の間、当たり障りのない山の話が続いた。

男たちは酒を勧め、湊は下戸を装い、カナンは勧められた分だけ全部飲んだ。


「お二人は、何を?」


「祖父の知り合いを捜してます」


嘘ではない。

男たちは、それ以上踏み込んでこなかった。

踏み込まないこと自体が、素人ではない証拠だった。


夜、カナンが酒の席の収穫を並べた。


「連中、山へは登らない。集めてるのは麓の道標の拓本だけだ。それと、妙なことを聞かれた」


「何を」


「『この辺りで、方位磁石が狂う場所はないか』と」


計器の狂い。

境界の圧が漏れる場所を、帝国は道具で探している可能性がある。


翌朝早く、男たちは南へ発っていった。


部屋の窓からそれを見送り、カナンが低く言った。


「査察は終わったはずだぞ」


「査察はな。……セヴェリンが最後に言ってただろ。『境界の不安定』って」


あれは当てずっぽうではなかったのかもしれない。

帝国も、この山の符号を集め始めている。

まだ意味を解き切ってはいないらしい。

だが、解く気があるのは確かだった。


「王都へ知らせるか」


「ああ。今夜の定時で」


窓の外、北の尾根の方角は、朝日の逆光に黒く沈んでいる。


古地図にだけ残る、最後の印。


急がなければならない理由が、一つ増えた。


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