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マッチングアプリでマッチした相手は異世界の第三王女でした。〜召喚された最強クラフトマンは、崖っぷち小国を立て直して無双する〜  作者: 富益 啓


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第133話 封じられた中継地

旅の三日目、峠を越えた昼に、最初の点へ着いた。


地図が示していたのは、崖を背にした石造りの小屋だった。

屋根は葺き替えられ、壁の目地は詰め直されている。

廃墟ではない。

けれど、扉がなかった。


正確には、扉のあるべき場所が、壁になっていた。


「塞いだのか」


カナンが壁面へ手を当てる。


「いや——編んである」


湊には見えた。

石の目地に沿って、封の工式が幾重にも走っている。

乱暴に見えて、力の流れは一本も交差していない。

無骨で、強い。

祖父の繊細な組み方とは、別人の手だ。


「開けられるか」


「開けるだけなら。でも、やらない」


壊さずに、読む。

それがこの旅の作法だと、湊は最初に決めていた。


「敵かもしれないんだぞ」


「敵の仕事場を先に荒らしたら、敵にならずに済んだものまで敵になる」


それに、と湊は編み目を見上げた。


この封は、美しい。

三十年、風雪と圧に耐えて、今も一本の緩みがない。

壊すには惜しすぎる仕事だった。


工式の層を目でなぞっていくと、封の一番外側に、薄い金属板が埋め込まれているのが分かった。


保守銘板。


職人が施工の記録を残すための札だ。

王都の水利盤にも、辺境の関所にも、同じ文化がある。


土を払うと、細かい刻みが現れた。


日付。

違う日付。

また、日付。


締め直しの記録が、上から下まで隙間なく並んでいる。

一番古いものは彫りが摩耗して読めない。

読める範囲だけで、三十年分。


「彫りの深さが、途中から変わってるな」


カナンが銘板へ顔を寄せた。


「本当だ。……鑿が変わったんじゃない。握りが変わってる」


古い刻みは伸びやかで、新しい刻みは深く、わずかに震えている。

同じ手が、年を取った跡だった。


「間隔は」


「年に二回。雪解けと、秋の口」


石工の言葉と重なる。

鑿と油を買って峠を登る男の几帳面な足取りが、そのまま金属に残っていた。


そして、最後の一行。


二か月前の日付だった。


「……二か月前」


カナンの声が低くなる。


「私たちが鉱山の壁を開けてから、まだ日が浅い」


湊は銘板から手を離し、小屋を見上げた。


長い年月。

戦争があっても、王が倒れかけても、この山の中で年に二回、誰かが黙々と封を締め直してきた。

王都の誰一人、その仕事を知らない。


「なあ、カナン。この仕事、給金はどこから出てると思う」


「出てないだろ」


「だよな」


誰にも頼まれず、誰にも知られず、その間ずっと。

それを続けられる人間を、湊は職人として一種類しか知らない。


自分の祖父と、同じ種類の人間だ。


夜営の火の横で、定時の通話板を開いた。


『中継地は、無事でしたか』


リゼリアの声は少し遠い。

山が深くなるほど、板の感度は落ちる。


「無事すぎるくらいでした。二か月前にも、誰かが手入れしてます」


『……その方は、敵でしょうか』


「分かりません。ただ」


湊は火の向こうの、暗い稜線を見た。


「三十年間、この国の見えない壁を、タダで守ってきた人ではあります」


短い沈黙のあと、リゼリアは言った。


『会えたら、お礼を。国としてではなく、まず、あなたの言葉で』


「はい」


通話を切る間際、リゼリアは少しだけ声を和らげた。


『雪の便りが、王都にも届きました。暖かくして』


「そちらこそ。夜更かしの気配が、声で分かります」


『……お互い様です』


『それと、カナンに伝えてください。あなたの「気を付ける」も当てにならないと』


「おい」


火の向こうでカナンが噴き出し、通話板の奥で王女が小さく笑う気配がした。


山の夜は、王都より星が近い。


翌朝、出発の支度をしていたカナンが、ふいに斜面の下で足を止めた。


「ミナト」


呼ばれて降りると、彼女は湿った土を指していた。


足跡。


真新しい。

一人分。

歩幅は広く、右側に細い杭を突いたような跡が、規則正しく並んでいる。


「杖だ」


昨日か、今朝か。

その誰かは確かに、この場所へ来ていた。


封を確かめに来たのか。

それとも——封を確かめに来た湊たちを、確かめに来たのか。


足跡は、尾根へ向かって続いていた。


「追うか」


カナンの手は、もう剣の柄にある。


「いや。向こうが会う気になるまで、こっちは順路を守る」


道標のある道だけを歩く。

それが、警戒されている側にできる、唯一の礼儀だった。


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