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マッチングアプリでマッチした相手は異世界の第三王女でした。〜召喚された最強クラフトマンは、崖っぷち小国を立て直して無双する〜  作者: 富益 啓


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第131話 写真の男

帝国査察団が去って、五日。


王都が日常の速度を取り戻すのを待ってから、湊は工房の扉を閉め、机の上の宿題へ戻った。


二冊目の手記。

そして、一枚の古い写真。


作業台に写真を置き、灯りを三方向から当てる。

若い頃の祖父と、その隣に立つ見知らぬ男。

同じ作業台へ手を置き、仲間というより、同じ仕事を任された職人の立ち方をしている二人。


まず、服装から読む。


襟の高い上着。左右で留め方の違う帯。厚い布地に、袖口だけ革の補強。

王都でも、南河でも、辺境でも見ない仕立てだ。


「山だな」


覗き込んだカナンが言った。


「風の強い高地の着方だ。前を二重に留めるのは、外套を一枚省くため。荷を減らしたい山の人間がやる」


「歩く距離が長い、ってことか」


「それも、道のない場所をな」


次に、男が手にした工具。


柄の長い鏝に見える。

だが先端は、輪の形に閉じている。

塗る道具ではない。

押し当てて、印を焼き付ける道具だ。


「焼き印鏝。それも木や革用じゃない」


湊は写真の粒子を透かすように目を細めた。


「工式そのものへ印を打つ鏝だと思う。……閉じる専用の」


繋。逸。封。

手記に刻まれた三つの符号のうち、これは封の道具だ。


写真の男は、閉じる者。


『閉じる者がいなければ、繋ぐ者は帰れない』


裏書きの一行が、少しだけ輪郭を持った。


湊は遺品スマホを取り出した。

手記を見つけた夜、画面へ写真をかざした瞬間に通知欄が明滅したのを覚えている。

北西鉱山の鍵板に触れ、接続先情報が補完されてから、同じ操作を試すのは初めてだった。


もう一度、写真をゆっくり画面へ近づける。


明滅。

一度ではない。

三度。

間隔は不揃いで、けれど何かの拍子に似ていた。


「おい、地図」


先に気づいたのはカナンだった。


スマホの地図表示へ、淡い点が三つ浮かんでいる。


王都の北西、山地の入口。

山脈の中腹。

そして、さらに奥。


三つの点を古い街道で結ぶと、北へ登る一本の道になった。


点の一つ目には、見覚えがあった。

北西へ向かう街道の途中、古い水車小屋を直しに寄った集落の裏山だ。

あの時は、何も気づかなかった。

知らなければ見えない印が、この国にはまだいくらでも埋まっている。


「祖父の巡回路……」


破られた頁。

消された同行者。

どこかで定期的に締め直されている封。

バラバラだった欠片が、初めて同じ地図の上へ並んだ。


報告を聞いたリゼリアは、地図を長く見つめた。


「行くのですね」


「はい。帝国の宿題が動き出す前に」


「わたくしは、王都を離れられません」


北には越冬陣が居座り、査察の残した条件には期限がある。

王女の机から、紙が減る気配はない。


「ですから、二つ約束してください。定時の通話と、無事に帰ること」


「両方、得意分野です」


「あなたの『得意』が当てにならないことは、この一年で学びました」


それでも王女は、小さな包みを差し出した。

中身は王女印の通行証と、当座の路銀だった。


「公務ではありません。ですが、公務にできる備えはしておきます」


言い方は事務的で、袋の紐だけ、丁寧に二重へ結んであった。


隣でカナンが遠慮なく噴き出した。


出発は翌朝と決まった。

湊とカナンの二人。

馬で北回りの街道を行く。

供を増やさないのは、境界の網の話を、まだ王都の外へ広げられないからだ。


夕方には、噂を聞きつけたドンが工房へ現れた。

断りもなく、防寒具と小さな携行炉を荷へ積んでいく。


「山を舐めるな。俺は北の生まれだ」


それだけ言って帰っていった。

借りばかりが増えていく。


夜、荷造りを終えた湊は、もう一度写真を見た。


作業台の上の、三つの台座。

祖父の手。

男の手。

そして、写真の外へ切れた三つ目。


「爺さん。あんたの相棒、まだ山にいるのか」


答えの代わりに、スマホの点が三つ、静かに灯っている。


翌朝、街道の入口でカナンが北西の山並みへ目をやった。


「終点の点。あの山の奥だろう」


「ああ」


見覚えのある稜線だった。


止まった鉱山。

光を吸う黒い石。

血を一滴使って、一層だけ開けた封印壁。


巡回路の終点は、北西鉱山の——あの壁の、さらに奥を指していた。


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