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マッチングアプリでマッチした相手は異世界の第三王女でした。〜召喚された最強クラフトマンは、崖っぷち小国を立て直して無双する〜  作者: 富益 啓


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第130話 長期戦の幕

四班の結果を通話板で集約した帝国査察団の最終報告は、翌朝の会談で読み上げられた。


南河水利商会への王国介入について、重大な手続き違反は認められない。


過払い分の元金充当も、王国法の範囲内。

水量測定基準の変更にも合理性がある。


「では、正式査察は終了ですね」


リゼリアが確認する。


「今回の査察は」


セヴェリンは一語だけ足した。


北方通商路の暫定不適合指定は、相互記録方式の細則が決まるまで継続。

南河の借り換えについては、帝国通商信用院が別途異議を申し立てる可能性がある。

査察団は半年後に再訪する。


負けを認めないのではない。

一つの勝負へ、最初から国の全てを賭けていない。


リゼリアは残された条件を一つずつ書き取らせ、期限と担当を添えさせた。

宿題は宿題として受け取る。

ただし、締切と持ち主を曖昧にはさせない。


東方諸国への説明担当には、セレスティア第一王女の名が入った。

東方滞在中の今も、彼女は現役の上位継承候補であり、ヴェルム商盟とセレス聖国との外交を担っている。

北方通商路の暫定不適合指定と、国境北側に駐留する帝国北方軍の動向を別々の書面で送り、東方の商路と信用枠へ波及する影響を調べてもらう。


国外にいるからといって、継承表にも実務表にも空欄を作らない。


「ずいぶん、宿題を残しますね」


湊が言った。


「国同士の仕事に、最終日などありません」


セヴェリンは淡く笑った。


「本日まとまらなかった条件は、半年後にも残る。一年後には別の数字が加わる。十年後には、署名した者そのものが変わるでしょう」


一度の公開裁定で第二王子は倒せた。

一度の監査で南河の不当な追加費用も凍結できた。


だが帝国は、誰か一人を倒せば消える相手ではない。


公爵が退室したあと、北境からも報告が届いた。


帝国北方軍は国境から二里下がった。


撤退ではない。

演習地を後方へ移し、木柵と補給倉庫の建設を始めている。


『居座る気だ』


北方中継所の通話板から、カナンが地図を睨む。


『今度は十日分じゃない。季節を越せる陣を作ってる』


「冬の北境は、守る側も削られます」


ユストが暦を繰る。


「巡回の交代周期と燃料の割当を、今月中に組み直しましょう」


軍が居座るなら、こちらは暮らしごと構える。


短期の威圧で折れないと分かり、軍も長く圧をかける形へ変わった。


会談を終えたセヴェリンは、出発前に王城の工房へ立ち寄った。


護衛も書記も扉の外へ残し、一人で。


「査察表の数字、見せてよかったんですか」


湊が尋ねる。


「隠せば、あなたは数字そのものを探したでしょう」


「探しますね」


「だから手間を省きました」


公爵は作業台に置かれた交換用の軸受けを手に取った。


「帝国は、あなた方を一度で折ることにこだわる必要がなくなりました」


「諦めました?」


「いいえ」


即答だった。


「市場。関税。国境。王位継承。境界の不安定。国は長く立つほど、別の場所が傷みます」


軸受けを元の位置へ戻す。


「そのたびに、帝国は条件を提示するでしょう」


助ける代わりに、権利を。

通す代わりに、鍵を。

守る代わりに、服従を。


これまでより静かで、長い戦い方だった。


「一つ、伺っても」


湊は手を止めた。


「あなた個人は、この国をどう査定してるんです」


セヴェリンは軸受けの並ぶ棚を眺めた。


「面白い普請だ、と」


査定表には決して載らない言い方だった。


「長期戦は嫌いですか」


セヴェリンが問う。


湊は少し考えた。


現代の工房。

祖父の手記。

何十年も補修されてきた王国の設備。


職人の仕事は、作った瞬間で終わらない。


「むしろ、そっちが本業です」


公爵は初めて、少しだけおかしそうに笑った。


その日の午後、セヴェリンと王都に残っていた二班は、王都を去った。

南河と北方中継所へ入った二班も、それぞれ帰路に就いた。


翌日の夕方、カナンが北境から戻った。

外套には土が付き、目には疲れがある。


リゼリアも机へ手をつき、ようやく長く息を吐いた。


誰も勝利を叫ばなかった。


査察を受け切り、軍を越境させず、権利を一つも渡さなかった。

それでも帝国は北に残り、次の書面を用意している。


「二人とも、お疲れさまでした」


湊が言うと、カナンは呆れたように肩を落とした。


「他人事みたいに言うな。お前もだ」


「では三人とも、少しだけ休みましょう」


リゼリアの声は疲れていたが、今度の笑みは公爵へ向けたものではなかった。


カナンが椅子へ深く沈み、遠慮なく足を投げ出す。


「次は温かい飯だ。話はそれからにしろ」


「同感です」


王女が即答したので、湊は笑った。


湊は作戦室の地図を見た。


北には帝国軍。

北西には三重封印。

机の上のスマホには、名前のない接続先。


仕事は減らない。


長く続くなら、長く直し続ければいい。


帝国との戦いは終わらない。

だが今日、ルーメリアは長く立つ構えを得た。


毎日21時更新予定。お気に入り登録ぜひよろしくお願いします。

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