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マッチングアプリでマッチした相手は異世界の第三王女でした。〜召喚された最強クラフトマンは、崖っぷち小国を立て直して無双する〜  作者: 富益 啓


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第127話 王都へ届く圧力

査察七日目。


国境で止まったのは、荷車だけではなかった。


全量検査の開始から二日遅れて動いた王都の相場は、まだ戻っていなかった。


その後、湊は査察記録を持って王都へ戻った。

カナンは北方中継所へ残り、国境監視と守備隊の交代を受け持っている。

片道に一日半かかる距離を、二人は通話板で繋いだ。


帝国産の薬草が二割高。

帝国向け果実は買い手が減り、逆に王都で値崩れ。

帝国貨を求める商人が増え、両替所では朝から列ができた。


剣も兵も王都へ来ていない。

それでも北境の圧力は、値札の形で人々の暮らしへ届いていた。


市場の聞き取りには、ドンの工房の職人たちも加わった。

どの店が本当に在庫を切らし、どの店が値上がりを見込んで棚を空けているのか。

毎日買い物をする人間の目は、役人の台帳より早い。


復興監督府には、朝だけで七通の嘆願書が届いた。


査察団が出した追加要求の全面受諾。

帝国技師常駐の容認。

北方通商路の共同管理。


「書いた人間は違うのに、結論が同じですね」


リゼリアが紙を並べる。


ユストは文章の末尾を指した。


「語順も三通が一致しています。“民の安寧を第一に、現実的な譲歩を”」


『裏で帝国が書かせた?』


北方中継所と結んだ通話板から、カナンが尋ねる。


「証拠はありません」


ユストは首を振った。


「同じ不安を抱けば、違う人間が同じ結論へ自力でたどり着くこともあります」


買収より厄介だった。


嘆願書の一通は、湊も知る顔からだった。

王都で治具を卸している金物商。

悪意ではなく、店と職人を守るための譲歩論だった。

だからこそ、頭ごなしには退けられない。


帝国は命令しなくていい。

荷を止め、値段を揺らし、待っていればいい。


困った人間が、王国側へ譲歩を求め始める。


セヴェリンは王城の客館から動かなかった。

会談も要求していない。


こちらの内部で圧力が育つ時間を、静かに待っている。


「国境の遅れと王都の値段を、同じ表にします」


湊は大きな紙を出した。


検査待ち台数。

平均通過時間。

品目別の損失。

王都相場。


数字を日ごとに並べ、どの値上がりが本当の不足で、どれが不安による買い占めかを分ける。


「こんなものを公開するのですか」


財務官が驚く。


「隠すと、足りないって噂の方が勝ちます」


実際、王都の薬草在庫は平時の八割あった。

帝国からの到着が二日遅れても、治療院が閉まるほど在庫は減っていない。


だが、数字を見せても取り戻せない遅れも、すでに一つ出ていた。


帝国から届くはずの交換用軸受けが、全量検査の列で二日止まった。

その朝、王都北区の共同研磨場で古い軸受けが割れ、三台の研磨車が止まった。

日雇いの職人二十七人は、昼を待たずに帰された。


王国側は部品一箱の優先検査を求めた。

セヴェリンの返答は、『人命に直結する医療品以外に例外を認めれば、暫定不適合指定は意味を失う』だった。


彼の基準は一貫している。

一貫しているからといって、二十七人の今日の賃金が戻るわけではなかった。


その日の夕方、財務局前へ在庫数と次回入荷予定が貼り出された。

通話板でも各区へ同じ数字を送る。


翌朝、査察八日目。両替所の列は半分になった。


残った半分は、数字を見ても不安が消えない人たちだ。

リゼリアは両替所の前へ文官を立たせ、質問にその場で答えさせた。

紙の告知と、答える人間。

二つ揃って、ようやく噂と釣り合う。


不安は消えない。

だが、何も分からない時ほどは膨らまない。


次に、傷んだ生鮮品の損失を復興基金から一部補償する。

ただし全額ではない。

商人にも荷姿の改善と事前登録を求め、国と現場で損を分ける。


「金で時間を買うのですね」


リゼリアが言った。


「帝国が時間を武器にするなら、その時間で潰れる暮らしを減らす」


永久には続けられない。

基金にも限りがある。

それでも、今日困った人間が今日譲歩を叫ばずに済むだけの猶予は作れる。


「基金の残高で、あと何日持ちますか」


リゼリアの問いに、財務官が答える。


「この規模なら二十日。北境が長引けば、別の手当てが要ります」


二十日。

帝国の「待てます」と、こちらの残高が静かに睨み合う。


昼、セヴェリンから新しい書面が届いた。


北方通商の安全確認のため、王国の備蓄量、補給拠点、修繕優先順位の提出を求める。


書面の文面を通話板越しに読み上げると、カナンが低く唸った。


『国の手札を全部見せろ、か』


「断れば、管理能力を疑う材料にする」


リゼリアは書面を閉じた。


「提出はしません。代わりに、査察で確認済みの範囲だけを整理してお渡しします」


見せたものは隠さず、見せていないものは渡さない。

線の引き方そのものが、返答だった。


その直後、北境から通話が入る。


『帝国軍、一個連隊が東へ移動』

『渡河訓練を開始。国境越えはなし』


王都の作戦室に、川を渡る軍靴の音は聞こえない。


それでも全員の視線が、地図の北東へ集まった。


紙を出せと迫る公爵。

川の向こうで渡る練習をする軍団。


答えを急がせる圧力が、王都の机まで確かに届いていた。


毎日21時更新予定。お気に入り登録ぜひよろしくお願いします。

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