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マッチングアプリでマッチした相手は異世界の第三王女でした。〜召喚された最強クラフトマンは、崖っぷち小国を立て直して無双する〜  作者: 富益 啓


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第126話 国境線の値段

査察五日目の朝、国境の荷車列は三十四台になっていた。


小麦粉。

生鮮果実。

革。

薬草。


帝国側が国境検査官を総動員し、十二台の検査台を並行して動かしても、最後尾が検査へ進み始めるのは夕方になる。


「昨日まで、印を見せれば一刻で通れたんだ」


果実商の男が、荷台の覆いを握りしめていた。


「一日止まれば、熟れた分だけ値を叩かれる。二日なら帝国へ持っていく意味がない」


セヴェリンは関税を上げていない。

道も閉じていない。


ただ箱をすべて開けているだけだ。


それだけで、国境を越える値段が跳ね上がる。


検査人件費。

御者の宿代。

家畜の飼葉。

傷んだ商品の損失。


紙に税と書かれない費用が、列の長さだけ積み上がっていた。


列の中ほどでは、薬草商が荷の氷を買い足していた。

氷代は一日で銀貨二枚。


「三日続いたら、利幅が消える」


商人たちの計算は、政治より先に限界へ着く。


「先に荷を分けます」


湊は街道脇の空き地を指した。


「傷みやすい物、規格箱に入った乾物、荷姿が不揃いで検査に手間がかかる物。全部同じ列へ並べるから遅い」


「帝国側が順番を認めるか?」


国境役人が尋ねる。


「検査を拒むわけじゃない。検査前の待機方法を、こっちで変えるだけです」


荷車を三列に分ける。


生鮮品は到着時に王国側で重量と荷姿を記録し、帝国検査官が立ち会う優先列へ回す。

規格箱へ入った乾物は、箱番号と見本一箱で検査手順を先に確認し、残りも同じ順序で開ける。

不定形の荷は荷姿ごとに区切り、形と申告内容を一つずつ照合する。


さらに、復興監督権の実務を担う復興監督府が待機所へ水桶と飼葉置場を設け、商人の宿泊費を一時立て替える。


一台ごとの検査時間は短くならない。

だが待っている間に荷が傷み、価値を失う量は減らせる。


分別の指揮は、国境役人と商人の代表へ任せた。

湊が決めたのは仕組みだけ。

列の順番で揉めた時に裁くのは、毎日ここで顔を合わせる人間の方がいい。


「また迂回ですか」


様子を見に来たセヴェリンが言った。


「正面はそちらが塞いでいますので」


「全量検査の目的は、申告書と実際の荷が一致するか確かめることです」


「だから全部見せます。検査しやすい順に並べ替えただけです」


全量を開ける条件は変わらない。

帝国側も、順番の変更までは拒めなかった。


昼過ぎには、生鮮品の列だけが先に動き始めた。

果実商の荷車が国境標を越える。


男は通過の直前、湊へ帽子を掲げた。

助かった、と声には出さなかった。

帝国の検査官が見ている前では、それで十分だった。


だが、全体の遅れが消えたわけではない。


帝国側の査定官は、国境標の周囲へ測量紐を張り始めていた。


百十二年前の協定図では、旧街道の中心線を国境と定めている。

ところが現在の石標は、その中心線から三歩、帝国側へ寄っているという。


「石標の移設が無効なら、この三歩は帝国領です。待機所の一部が越境施設になります」


「五十年前の河道変更に伴う街道の付け替えで、両国合意の上、石標を移した記録があります」


ユストが答える。


「原本は?」


王国側に残るのは写しだけだった。

帝国側にも原本はないという。


三歩。


荷車一台も置けない幅だ。

それでも国境では、その三歩に国家の主権が載る。


ユストは測量紐の結び方まで記録した。


「後日、帝国側の測り方へ異議を出す時の材料です」


三歩を争う場では、紐の張り方一つが証拠になる。


「帝国へ管理を委ねれば、測量も保守も我々が負担します」


セヴェリンは提案した。


「小国が国境線一本を維持する費用は、決して軽くない」


「だから安く譲れ、と?」


リゼリアが問う。


「費用に見合う選択を、と申し上げています」


湊は古い石標の前にしゃがみ込んだ。

石の下部には、今の地面より指二本分高い位置に、古い土の変色帯が残っている。

一度掘り出され、据え直されたのは確かだ。


さらに台座の背面では、苔の下に王国と帝国双方の「移設確認」の工務印が残っていた。

印の脇に刻まれた年記も、河道変更の記録と一致する。


「原本がなくても、現物に合意の跡があります」


苔と土を落とすと、二つの印が並んで現れる。


帝国査定官は黙って記録板へ写した。


セヴェリンは石標の印を一瞥し、初めて小さく息を吐いた。


「よく残っていたものです」


「石は、紙より火事に強いので」


湊が答えると、公爵は否定も肯定もしなかった。


三歩の線は動かなかった。


だがセヴェリンの言葉も消えない。


国境を持つには金がかかる。

兵、道、標、記録、交渉。


独立は、旗を掲げるだけでは維持できない。


湊は通過を待つ荷車列を見た。


「値段があるなら、下げる方法を考えます」


「国境の値段を?」


「高いまま払い続けるか、払えず手放すか。その二択にはしません」


セヴェリンは答えず、査定表へ何かを書き込んだ。


国境線はその日も同じ場所に残った。


代わりに、その線を守り続ける本当の値段だけが、誰の目にも見えるようになっていた。


毎日21時更新予定。お気に入り登録ぜひよろしくお願いします。

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