第116話 帳簿にない税
南河の村々は、税を滞納していなかった。
代官所の徴税台帳には、土地税も収穫税も納付済みの印が並んでいる。
作付面積が減った分だけ税収も落ちているが、不自然な数字はない。
「でも、これで終わりじゃない」
湊は村長バルトから借りた出荷控えを、徴税台帳の横へ置いた。
去年、村が共同倉庫へ運んだ麦は百二十袋。
王国へ申告された販売量は八十六袋。
差は三十四袋。
他の村の控えも同じだった。
差し引かれる割合は、二割から三割。
収穫が多い年ほど「流量保証分」が増え、不作の年には「信用維持分」が増える。
どちらへ転んでも、商会が取る量だけはほとんど変わらない。
「途中で盗まれた?」
カナンが尋ねる。
「それなら村が騒ぐ。たぶん、最初から売った数に入ってない」
確かめるため、湊はバルトに頼み、村に残る麦五袋を通常の出荷として持ち込んでもらった。
調査で村に損が出た分は、第三王女付特別技術顧問の調査費から補填すると約束した。
袋ごとに重さを量り、口を縛る麻紐に違う色の糸を一本ずつ混ぜる。
外から見れば分からない、湊だけの目印だ。
村の集荷所を兼ねた共同倉庫の支所へ持ち込むと、係員は手慣れた様子で処理を始めた。
計量。
品質検査。
水分量の確認。
秤に細工はない。
麦も一級品として判定された。
それなのに、村へ渡された受領証は四袋分だった。
「一袋足りない」
湊が指摘すると、係員は無表情で別紙を示した。
流量保証分、一割。
倉庫維持分、半割。
返済準備積立、半割。
「税ではありません。契約上の分担です」
「麦で取るとは書いてない」
「金銭で払えない場合、現物換算が認められています」
どの費用も小さく見える。
だが三つを合わせれば二割になり、五袋のうち一袋が消える。
しかも受領証には、差し引いた後の量しか記録されない。
王国の販売台帳へ載るのは四袋。
最初から五袋あった事実は、村の控えにしか残らない。
湊は倉庫の奥を見た。
受領証から差し引かれた一袋が、別の荷山に積まれている。
袋の口に混ぜた赤い糸が見えた。
「あれは廃棄分じゃないですよね」
「現物分担品です」
「誰の売上になる?」
係員は答えなかった。
倉庫長が呼ばれた。
ハーゲンと名乗る細身の男で、流域の商人らしい簡素な服を着ている。
言葉遣いだけが、帝国官僚のように隙なく整っていた。
「誤解がおありです」
ハーゲンは穏やかに笑う。
「我々は税を徴収しておりません。契約に基づき、維持費と返済原資を預かっているだけです」
「預かった後の売却記録を見せてください」
「商会の内部資料ですので」
「農民から取った麦なのに?」
「同意をいただいております」
嘘ではない。
四年前、村長たちは契約に署名した。
飢えを避けるため、読む時間も交渉する力もないまま。
ハーゲンは契約書の写しを開いた。
確かに、費用を現物で納められると書いてある。
「では、この麦をいくらで換算した?」
「契約基準価格です」
提示された額は、今の市場価格の六割だった。
四年前の渇水時、品質の落ちた麦を基準に固定された値段だ。
農民から安く取り、現在の価格で売る。
その差額は返済に回らず、商会の利益になる。
「基準価格の見直しは?」
「借款完済時に」
返し終わるまで、返しにくい値段が続く。
代官所へ戻り、湊は十二の村の出荷控えを集めた。
帳簿から消えた分を足すと、去年一年だけで三百袋を超える。
それだけの麦を正規の売値で返済に回していれば、元金は確実に減っていた。
だが商会の返済報告に、現物分担品の売却益は載っていない。
湊は王国の徴税台帳へ、村の出荷控えと倉庫の受領証を重ねた。
王国は受領証に残る八十六袋を収穫量として扱い、村もそれを基準に収穫税を払っている。
消えた三十四袋には、国の税が掛からない。
商会は村から取りながら、王国へは存在しない麦として扱っていた。
「国にも隠してる」
ローデンの顔が青ざめた。
民間契約への介入では済まない。
未申告の売却なら、商会側には売却益に対する納税義務が生じる。
「帳簿にない税だ」
カナンが吐き捨てた。
王国の税ではない。
税という名前さえない。
だから監査をすり抜け、南河から毎年少しずつ力を奪っていた。
湊は赤い糸のついた袋を指差した。
「あれがどこへ運ばれるか追う」
翌朝、現物分担品を積んだ荷車は村ではなく、南河最大の船着場へ向かった。
積荷の札には、グランゼル帝国の印が押されていた。
その麦が帝国側でいくらに換わるのか。
そこまで辿れば、南河から消えた数字を一本に繋げられる。
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