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マッチングアプリでマッチした相手は異世界の第三王女でした。〜召喚された最強クラフトマンは、崖っぷち小国を立て直して無双する〜  作者: 富益 啓


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第113話 借款の鎖

十二村の記録にあった「水が来ない」は、比喩ではなかった。


本流の水門は開いている。

だが十二の村へ分かれる支流では、基準量の六割前後しか流れていない。


原因を調べるには、水利組合の記録が要る。


定時連絡の刻に、湊は王都へ通話板を繋いだ。


『南河水利組合の設立記録ですね』


応じたのはユストだった。


『現地からの閲覧申請は、昨日付で却下されています』


「早いな。まだ申請してないんだけど」


『だから報告しています』


誰かが湊たちの動きを先回りしている。


ユストは王城書庫に残る控えを探し、夕方までに要約を送ってきた。


『古い借款は、利率より先に付帯費用を見ろと、学舎時代にエルバン男爵から教わりました』


それだけ付け足し、ユストは話を数字に戻した。


四年前、南河流域は大きな渇水に襲われた。

王国の財政はすでに第二王子派に削られ、堤防と水門の維持費を出せなかった。


そこへ資金を貸したのが、南河水利商会。

水利組合は本来、十二村が水門を共同管理するための組織だった。

だが借款と同時に出資額で議決権を配分する規定が加わり、水利商会が実権を握った。

表向きは流域商人が作った会社だが、元金の大半はグランゼル帝国の通商信用院から出ている。


借りた金で水門を補修し、種麦を買い、村は飢えずに済んだ。


当時の支出記録も残っていた。

水門の歯車、井戸掘りの賃金、他領から運んだ穀物。

金額に大きな水増しはない。


借款は最初から罠だったわけではない。

実際に水を戻し、人を救った。


だから村々は契約を信じた。

一度救われた相手を疑うことは、一度見捨てた王都を信じ直すより難しい。


問題は返済条件だった。


「利息は低い」


宿の机に契約書の写しを広げ、湊は条文を指で追った。


「年二分。利息が元金の二パーセントだけなら返せる」


「じゃあ、何で畑を止める」


カナンが椅子を寄せる。


利息の下には、別の費用が並んでいた。


流量保証料。

収穫評価料。

帝国貨との交換差額。

共同倉庫の維持分担金。


どれも利息とは書かれていない。

しかも額は固定ではなく、その年に見込まれる収穫量に連動する。


「たくさん作れば、保証料も上がるのか」


「作る前に」


畑を広げる。

水車を改良する。

荷車を増やす。


生産力が上がると認定された時点で、実際の収穫を待たず費用が加算される。

干ばつや病害で不作になっても、見込み額は戻らない。


「だから何も直さない」


設備を良くするほど、借金が先に増える。


さらに契約の末尾には、連帯保証の条項があった。


一つの村が返済できなければ、残り十一村が負担する。

誰か一人が危険な挑戦をすれば、失敗した時は全員が沈む。


「鎖だな」


カナンが不快そうに言った。


湊は十二村を円に書き、村同士の保証関係を線で結んだ。


どこか一村が返済できなくなれば、負担は残りの村へ移る。

一つの村だけが契約を抜けようとしても、残る村の負担が増えるため、周囲が止めざるを得ない。

全員で動かなければ抜けられないのに、全員で動いて失敗すれば全員が破産する。


助け合いのための共同借款が、流域全体を最も慎重な村の判断に縛りつけていた。


ただ一つ、共同倉庫利用契約の隅に、毛色の違う言葉があった。


配水機能不全。


本流の水量ではなく、各村の用水口へ実際に届いた量を基準にする例外規定の中に、その言葉は置かれていた。

十二村が持ち寄った記録では、用水口への実到達量が基準の六割前後に落ちている。

今の南河に当てはまる可能性はある。だが、技術顧問の判断だけで適用できる規定ではない。

湊はその一行にだけ小さく印を付け、先へ進んだ。


翌日、ローデンを問い詰めると、代官は否定しなかった。


「あの年、借りなければ死人が出ていた」


「契約の危険は分かっていた?」


「分かっていたつもりだった」


当時は、翌年から収穫が戻れば返せる計算だった。

実際、村々は働き、約束通り穀物を納めた。


それでも元金はほとんど減っていない。

追加費用だけが積み上がり、四年目には借りた額を超えていた。


「王都へ訴えなかったんですか」


「訴えた」


ローデンは棚から薄い書類束を出した。

宰相府へ送った嘆願書と、その返答。


契約は有効。民間借款に王家は介入せず。


返答の末尾には、ベルノルトの決裁印があった。


その下に、もう一つ小さな受付印がある。


南河水利商会、照会済み。


王国が訴えを審査する前に、訴えられた側に内容が渡っていた。

申請を取り下げた日が十二村すべて同じだった理由も、それなら説明がつく。


誰が最初に声を上げても、商会は連帯保証を通じて残り十一村に圧力をかけられる。


「青鷹が南河まで押さえてたのか」


第二王子が失脚しても、結ばれた契約は残る。

敵を捕らえただけでは消えない制度の傷が、ここにもあった。


「返せば自由になる。でも、返すために作れば借金が増える」


湊が言うと、ローデンは疲れた目を伏せた。


「だから皆、作らないことを選んだ」


「あなたも止めた側ですね」


湊が言うと、ローデンは逃げなかった。


「一つの村を動かして、他の十一を沈める勇気がなかった」


代官の沈黙は保身だけではない。

どこを救っても別の村へ負担が移る計算を前に、何も選べなくなっていた。


飢えない程度にだけ作り、借金が増えないよう息を潜める。


南河を縛っていたのは、水不足ではなかった。

生き延びるために掴んだ金が、四年かけて鎖へ変わっていた。


毎日21時更新予定。お気に入り登録ぜひよろしくお願いします。

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