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マッチングアプリでマッチした相手は異世界の第三王女でした。〜召喚された最強クラフトマンは、崖っぷち小国を立て直して無双する〜  作者: 富益 啓


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第111話 南河へ

北西鉱山区から戻って三日後。


王城作戦室の地図に並ぶ赤印から、湊は次の一つを選んだ。


「南河へ行きます」


ルーメリア南部を横切る大河。

本流から何本もの水路が伸び、流域には王国有数の穀倉地帯が広がっている。


約束どおり、先行測量班は三日以内に南河へ入り、その報告は通話板で毎日届いていた。

報告だけを読めば、緊急性は低く見えた。

堤防の崩落なし。本流水門の故障なし。役所指定の測定点にも異常なし。昨年の収穫量も平年の八割。

王家の救援備蓄から当座の食糧として送った麦も、すでに十二村へ届いている。


だが、測量班が確認できたのは、指定された範囲に異常がないことまでだった。

三年前から作付面積だけが減り続けている。

農民はいる。水もある。設備も動く。

それなのに、使われない畑が毎年増えていた。


数字を地区別に並べると、さらに妙だった。

王都に近い上流も、船運が便利な下流も、ほとんど同じ割合で減っている。

天候や土質が原因なら、場所によって差が出るはずだ。


誰かが流域全体に同じ重りを載せている。

湊には、そう見えた。


「帝国との再会談が続いている以上、わたくしは王都を離れられません」


リゼリアは悔しそうに地図を見下ろした。


セヴェリンとの協議は、まだまとまっていない。

次は通商路だけでなく、王都の倉庫や水利記録まで査定対象に加えたいという申し入れが来ていた。


「南河の原因調査は任せます。ただし今回は、設備だけ見て帰らないでください」


「鉱山で学びました」


「本当に?」


「たぶん」


リゼリアの疑わしそうな目を見て、隣のカナンが笑う。


「私が見張る」


「あなたも一緒になると、二人で無茶をするでしょう」


否定できる者はいなかった。


出発前、リゼリアは南河の修繕申請をまとめた薄い書類束を渡した。

どの頁にも、受付印の横に小さな取り下げ印がある。


「申請した者は、必要だから書いたはずです」


リゼリアは一番上の印を指でなぞった。


「その人々が、なぜ自分から不要と言い直したのか。それを見つけてください」


「分かりました」


今度は湊も、「努力します」とは言わなかった。


翌朝、湊とカナンは南へ発った。


北西の乾いた山道とは違い、街道の両脇には低い緑が続く。

土は黒く、水路には澄んだ水が流れていた。


ところが、王都から二日ほど進んだ辺りで、景色に空白が増え始める。


畦は整っているのに、苗のない田。

羽根が欠けていないのに、回っていない水車。

岸に繋がれたまま、荷を積んでいない平底船。


「枯れてないな」


カナンが馬上から水路を見た。


「うん。むしろ水量は十分ある」


少し先では、農夫たちが畦の草を刈っている。

畑を捨てたわけではない。

いつでも使えるよう手入れだけを続けている。


それでも種は蒔かない。


昼に立ち寄った渡し場では、船頭が空の平底船を磨いていた。


「王都まで、どれくらいで?」


「荷があれば三日。今は何日でも同じだ」


船底には去年の穀物殻が挟まっている。

船を売らず、腐らせもしない。

仕事が戻るのを待ち、使わない船を磨き続けていた。


「南河に何が起きてるんです」


船頭は川上の水利商会旗を確かめてから、磨いていた布を置いた。


「水は止まってない」


「なのに、村の口までは来ない。役所の台帳だけ見れば、俺たちが自分で止めたことになってる」


男は平底船の座板の裏に貼った小さな紙を剥がした。

十二村の修繕申請番号と、取り下げ日が並んでいる。


「明日の夜、古い粉挽き小屋へ来てください。十二村すべてから人を集めることはできませんが、記録はすべて持ち寄ります」


誰かが助けを待って沈黙しているのではなかった。

声を上げた一村だけが損をしないよう、十二村の声を一つに束ねて渡す準備をしていた。


南河の代官所へ着いた時、日が傾きかけていた。


代官ローデンは、日に焼けた四十代の男だった。

出迎えの礼は正確だが、歓迎している顔ではない。


「王女殿下の技術顧問と、S級冒険者殿。遠路ご苦労さまです」


「修繕要望について確認したい」


湊が切り出すと、ローデンは一冊の台帳を差し出した。


要望欄には、堤防補強、水車改良、支流水門の増設が並んでいる。

だがすべて、申請者自身による取り下げの印が押されていた。


「これ、同じ日に取り下げられてますね」


十二村から出た二十七件が、去年の春の同じ日付で消えている。


「話し合いの結果です」


「十二の村が、一日で?」


「そういう記録になっています」


ローデンの返事は固い。


窓から南河が見えた。

夕暮れの水面は広く、輸送船が三隻並んでも余る。

なのに動いている船は一艘もない。


「設備に故障はありません」


代官は、言い聞かせるように続けた。


「水も流れている。税の滞納もない。流域は平穏です」


「平穏にしては、静かすぎる」


カナンが言うと、台帳を掴むローデンの手にわずかに力が入った。


「……どうか、余計なことはなさらないでください」


「余計かどうかは、誰が決めたんです?」


ローデンは答えなかった。


机の上には、使われていない決裁印が置かれている。

その横には、別の印が置かれていたことを示す色の薄い跡が残っていた。


代官より先に、書類の行方を決めている別の意思がある。

湊には、そう見えた。


代官所の外へ出ると、川向こうで船頭が一度だけ手を上げた。


公式の記録は「直さないでほしい」と告げ、川向こうの船頭は「記録を見てほしい」と招いた。

同じ流域に、逆向きの二つの意思が流れていた。


毎日21時更新予定。お気に入り登録ぜひよろしくお願いします。

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