第100話 未解放接続先
すべてが終わったわけじゃない。
むしろ、本当に大変なのはここからだった。
復旧式典から数日後、王城の作戦室にはルーメリア全土の地図が広げられていた。
王都は持ち直した。
辺境伯領も再建への道を歩み始めた。
第二王子は失脚し、青鷹の中枢も潰れた。
だが、それで国が完成するわけではない。
北西の鉱山区はまだ旧式設備だらけ。
南河流域は干ばつ対策が足りない。
帝国寄りの貴族勢力も、まだ影響力を残している。
港湾税制も、辺境の街道規格も、軍の補給拠点も、手を入れるべきものばかりだった。
地図の上には、色分けした木札が並んでいる。
赤は急ぎ。
黄は要調査。
青は、人手さえあれば動くもの。
青が一番多いのが、今のルーメリアの偽らざる姿だった。
人手は、育てれば増える。
「仕事が減らないな」
湊が地図を見下ろして言う。
「減ると思っていたのですか?」
リゼリアが即答する。
「少しは」
「甘い」
だが、その言葉のわりに声は柔らかい。
以前の王城なら、こういう地図は“壊れている場所の一覧”にしか見えなかった。
今は違う。
直せる場所の一覧に見える。
カナンは窓辺で腕を組み、外を眺めていた。
「条約改定の話は、ひとまず止まった。でも帝国の動き自体は鈍ってない。北の国境じゃ偵察が増えてる。王都で勝ったからって、向こうが諦めるほど甘くないぞ」
「分かってる」
湊は頷く。
「だから次は、王都を守るだけじゃ足りない。国全体を“飲み込みにくい形”にしないと」
辺境伯領でやったことを広げる。
規格を揃える。
流れを繋ぐ。
地方ごとに足りない骨組みを補う。
「順番はどうしますか」
リゼリアが木札の一つを手に取る。
「北西の鉱山区から。設備が旧式なのは、裏を返せば直し方の分かる壊れ方ってことです」
「では、冬前に予算を措置します」
会議の呼吸が、もう出来上がっていた。
一年前、リゼリアの執務室で、三人だけで直す順番を考えていたことを思えば、それだけで少し笑えてくる。
やるべきことは、山ほどある。
でも不思議と嫌じゃなかった。
ここから先は、敗戦処理ではない。
国を強くしていく仕事だからだ。
会議が一段落すると、リゼリアが一枚の古い羊皮紙を湊へ差し出した。
王家の地下書庫から見つかった、建国期の街道図。
そこには現在の街道だけでなく、使われなくなった補助転移点や、封鎖された古い中継地まで書き込まれていた。
祖父の設計図と同じ符号が、何か所もある。
「これ、まだ生きてるかもしれない」
湊が呟く。
「ええ」
リゼリアも頷く。
「ルーメリアは、わたくしたちが知っているより広く、古い仕組みの上に立っているのかもしれません」
その夜、客間へ戻った湊は、まず仕事用スマホを手に取った。
まだ折り返せていない着信が、履歴に溜まっている。日本側の生活も、そろそろ棚上げのままにはできない。
それを一度伏せて、久しぶりに祖父の遺品スマホを開く。
マッチングアプリの画面は、以前と同じようで少し違う。
プロフィール欄の「相沢湊」は、そのままだ。
けれど接続履歴の頁は、こちらへ来てからの一年で静かに厚みを増していた。
救難召喚。
王女からの着信。
決戦の夜の仮接続。
一台の端末に、国一つ分の記録が積もっている。
リゼリアとの接続は安定。
救難術式の状態は正常。
そして画面の隅に、小さな表示が一つ増えていた。
新着通知ではない。
今すぐ助けを求める声でもない。
ただ、まだ先があるとだけ示す、静かな表示だった。
祖父はどこまで知っていたのだろう。
この画面の先に何があるのか。
誰が待っているのか。
問いは増えるばかりで、答えてくれる本人はもういない。
だから、確かめに行くしかない。
湊はスマホを閉じず、机の上の地図へ目を戻す。
未解放接続先 あり。




