第2話 査定って物理でやるのかよ
カウンターキッチンを回り込み、リビング部分に通されました。
正面に見える窓ガラスからは、青空と山並みが調和する美しい自然が見えたのですが、一つ視線を落とすと、そこには混乱が広がっていました。
スキャンしたデータを分析すると、8畳の部屋で間違いは無さそうですが、空間認識が誤作動を起こしているようです。
足元にはTシャツやら下着やら、脱ぎ散らしたものが散らばり、それが無いところには未開封の段ボールが積まれてます。
部屋の中央には、3人掛けのソファと、背の低いテーブルが置かれているのですが、ここも手付かずの混乱状態でした。
ソファの隅には丸められた毛布と枕があることから、ここで寝ている可能性が高そうです。
そして、テーブルの上には、空のペットボトルがボウリングのピンのように並び、その横には食べ終わったパックご飯の容器が重ねられていました。
概ね、部屋全体がこの調子なのですが、一カ所だけ整理されている部分がありました。
窓の右手の一角には、PCデスクが置かれており、その上にはディスプレイが3面に展開されていました。
足元は暗くて視認できませんが、ファンの回転音と熱感知から、そこにはPCが置かれていると分かりました。
私がそちらに顔を向けると「あっ!」と谷町さんが声を上げました。
「やっべー! 配信中だった!」
床に散らばる服を踏んづけてしまい、よろけながらそこに向かっていきました。
そして、椅子に座ると、目の前のマイクに喋り出しました。
「ごっめーん、お花摘むには長かったよね……」
お花? 谷町さんは何を言っているのでしょうか?
手に取っていたものは、花ではなく冷凍うどんだったはずですが。
「谷町さん、うどんです」
私が、そう訂正すると、谷町さんが顔をしかめて振り向きました。
頬の辺りの体温が上がっているようです。
これは、怒りの症状のようです。
「てっめぇー! 配信中に話しかけるなよ!」
右側のディスプレイに映るウィンドウの一つが高速に流れていました。
「やっば! コメント欄、彼氏疑いで埋まっちゃってんじゃん!」
谷町さんは、2秒ほど、そのコメント欄を凝視すると、唐突に声色を変えて話し出しました。
「ごめん、みんな! 今日この後、部屋の火災報知の点検入るんだった」
「火災報知器は関係な……」
私がそう問いかけようとすると、唐突に肘打ちをくらいました。
「急だけど、今日はここまでにするね」
腹部のフレームが数ミリへこんだようです。
「このロボ太郎! 話すなって言ってんだろ!」
クルリと椅子を回転させると、もう一度私の腹部を殴打しました。
「二郎です。太郎ではありませんね」
激しく流れるコメント欄を無視するように、カチカチとマウスを連打していました。
そして、全てのウィンドウを閉じると、大きく息を吐いていました。
「くっそ……SNSも盛り上がってやがるぜ……」
スマホを片手に谷町さんは立ち上がりました。
「で、ロボ太郎、お前はなんだっけ?」
「安藤二郎です」
「あー、安藤さんね」
「はい、情動査定士の安藤二郎です。谷町陽葵さんの本年度の情動を査定しに参りました」
谷町さんは、私の顔をマジマジと見つめていました。
「今気づいたけど……お前、松田龍平に似てるな」
「はい、よく言われます。安藤愛子所長の好みが反映されていると伺っています」
「安藤愛子?」
谷町さんが、首を捻っています。
「あっ! そっか、愛子叔母さんか!」
「叔母ですか?」
「なるほど! お前、愛子叔母さんとこから来たのか!」
なにか思い当たる節でもあるのか、谷町さんは一人で納得したような顔つきになっていました。
「そういえば、先週そんなこと言ってたわ」
そう言いながら、谷町さんはフラフラとソファーに向かいました。
そして重力に任せてバフンと腰を落としていました。
「そっか、査定ってネットでやるもんだと思ってたぜ……」
「ネットですか?」
「そっ、まさか物理とはね」
谷町さんは長い脚を組むと「まあ、とりあえずそこに座りなよ」と、テーブルの向こうを指していました。
そこには、小さなクッションが転がっており、その脇にはピンクのカーディガンが丸められていました。
私は、それを畳んでクッションの上に置きました。
そして、それを脇にずらすと、私は床に正座をしました。
テーブルを挟んで、ソファーに座る谷町さんを見上げると、左側の口角が少し上がっていました。
「なあ、ロボ太郎……お前、この部屋どう思う?」
「部屋ですか?」
「そう、散らかってると査定しづらい?」
「はい、谷町さんが所有している物理媒体の提示を求める際、効率が落ちる可能性はあります」
「だよな!」
組んでいた脚を解くと、前のめりに顔を近づけてきました。
「じゃあさ、効率良く査定を行いたいから、まずはその辺の服を畳んでくれねーかな?」
部屋に散らばる生地類は、全部で17枚ありました。
私は立ち上がると、手近にあった1枚を取り上げました。
スカイブルーのショーツでした。
「なっ! そっ、それは私がやる!」
目にも止まらぬ速さで、私の手からショーツを奪いました。
そして、それを丸めて抱えると、顔が少しだけ赤くなっていました。
ポンと背中を叩かれました。
「見違えたぜ! こんなの1年ぶりぐらいだ!」
フレームに影響はないようです。
「なあ、ロボ太郎、これなら毎月査定に来ないか?」
谷町さんが部屋を見渡していました。
「いいえ、情動課税の査定は確定申告と同時に行われるので、年1回となっています」
「……お前、頭硬いな」
「はい、内骨格はチタンフレームなので、比較的頑丈に作られています」
「物理じゃねーよ!」
今度はペチンと頭を叩かれました。
「まあ、いいや、じゃあ始めますか? で、私はどうすればいいんだ?」
谷町さんが、ソファーとテーブルの間に座りました。
私は向かい合うように腰を下ろすと、情動課税の審査について説明を行いました。
谷町さんは、ときより質問を挟みながら、私の説明を聞いていました。
そして最後には「大枠、大学で習った内容と変わらないな」と言っていました。
確かデータによると、谷町さんは都内にある大学の経済学部を卒業しています。
ですので、この制度への理解はあるようでした。
しかし、私がスマホの提示を求めると、間髪入れず「なんでだよ!」と拒否をしていました。
「谷町さん。スマホの提示拒否は、情動査定における『非協力的態度』とみなされ、無条件でペナルティが課されます。よろしいですか?」
私がそう確認すると、谷町さんはスマホを取り出して、テーブルの上に置きました。
「知ってるよ! 第13条だろ?」
「そうです。その条項ですね」




